十三日間
俺は身体を起こし、また冷たい壁にもたれかかった。

消えてしまった香りを、必死に思い出そうとする。

匂いというのは、記憶と密接な繋がりがある。
俺は、かなり記憶力はいい方だ。

ぼうっとしていては生き抜くことは困難だったから、見た物は全て記憶しておき、周りを見回す時は些細な物にも注意力を怠らずに気を付ける。
癖のように、全てを覚えておこうとしていた。
眼で見る物だけでなく、聞いた音、嗅いだ匂い、全てを連動させて記憶する。
その中でも、匂いというのは、記憶を直接的に呼び起こすものだ。

……なのに、思い出せない。

嗅いだことのない匂いなのかとも思ったが…だが、確かに知っている気がする。
甘い香りと同様、甘い記憶。

……甘い、記憶??

俺は、自分の考えにぎょっとする。

俺に、甘い記憶など、有る訳がない。
なのに、何故そう思う?
この香りが、なぜそう思わせる?

訳が判らない。
こんな事は初めてだ。

俺は、あまりの混乱に、思わず拳を壁に叩き付けた。


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