大江戸妖怪物語
翌朝。雨が屋根に落ちる音と村人の声で目が覚めた。
「源一!麻子ちゃんが、麻子ちゃんが!!!」
おばさんが顔を真っ青にして飛び込んできた。髪の毛から滴る雫は大量で、外がドシャ降りであることがわかる。
「麻子が、麻子がどうしたんですか・・・?」
声が震えている。寒くないのに肩が震える。あまりの震えで歯がかちあう音が脳に響く。
寝巻のまま外に飛び出すと、人だかりができていた。
「麻子・・・?麻子ォ・・・・・・?」
右腕の震えが止まらない。それを止めようとする左腕も震えが止まらなかった。
「源一、ま、麻子ちゃんが・・・」
人だかりを押しのける。すると、その真ん中には・・・
「麻子!麻子ォォォォ!!!!!!!!!!!」
頭がようやく事態を把握し始めた。目の前には血まみれの麻子が倒れていた。顔は真っ白。唇に色は無く、口から垂れている血だけが、赤く光っていた。
「なんで?なんで?夢・・・だろ?夢だ、きっと夢だよ?」
答えの出ない自問自答が口からこぼれた。麻子が死んでいるのはわかっている。しかし、源一自身がそれを認めようとしていないのだ。
「夢じゃない。夢じゃないんだよ・・・源一」
村人が源一の肩をさすった。源一の目から熱いものが零れた。しかし、それは雨によって流されてしまう。雨と混じったそれは地面へと吸い込まれて消えていった。
「麻子ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!!!!!」
空に向かって愛する人の名前を呼んだ。声は空に吸い込まれ、返ってくることはなかった。
「誰が、誰がこんなことを・・・!!」
「おそらく、山姥だ」
麻子の背中が鋭い何かによってパックリと切り裂かれていた。背中だけでなく、鋭い刃で切られた跡が数十か所ある。
「・・・山姥」
このとき、源一の心に山姥に対する憎悪がドプドプと湧き上がっていった。
麻子の遺体を家に安置し、ずっと麻子の顔を見ていた。雨に濡れた麻子の体の懐から、何かがポトリと落ちた。
「なんだこれ・・・?」
それは手紙だった。雨でグッショリ濡れてしまっている。源一は破けないように手紙を取り出し、読んだ。
『源一さんへ
明日はとうとう結婚式ですね。いまさら改めてお手紙というのもなんですけど・・・
・・・愛しています。あなたのこと
麻子』
「麻子・・・、まさかこの手紙を取りに・・・?」
明日、というのは今日のことだろう。麻子は昨日、この手紙を渡そうとしていたのだ。
「直接言ってくれっての・・・」
まるで自分が殺してしまったかのようだった。自分への愛を伝えるための手紙を取りに死んだなんて・・・。
「俺も、愛してたよ。麻子・・・・・・」
冷たくなった麻子の手をぎゅっと握りしめた。