crocus

ポケットの中

翌日、あの子は姿を消した。

『しばらくの間、勝手ながらお暇をいただきます。急なことでご迷惑おかけします。申し訳ありません。

みなさんの優しさに触れられてとても嬉しかったです。本当にありがとうございました。オーナーにもよろしくお伝えください。

雪村若葉』

足を組んで、椅子に腰掛けていた恵介は、読み終わった若葉の書置きの紙をカウンターに滑らせた。

お昼のピークを越えたクロッカスは、ちょうどお客さんの客足が途絶えていた。そうすると、沸々と三馬鹿の不安が顕著に現れる。

「若葉…どこ行っちまったのかな」

「もう帰ってこないなんてことないよね…?ふぇっ、若葉ちゃん…」

「っんだよ…あぁもぅ、泣くなっつの、誠吾。どうするよ、要?」

一同の視線は参謀役のような要に集まる。当の本人は気にも止めずに、カウンター内で、皿を布巾で丹念に拭いている。

「放っておけ。職務放棄なんて、社会人としてあるまじき行為をする者の行方など考えるだけ無駄だ」

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