crocus

あぁ、そういうことか。
『奈緒子』とやけに親しげに呼ぶのは、この2人が夫婦だからだ。
なおさら奥さんにそんなことを命令する神経を疑う。そして、先生はそうせざるを得ない状況だったのかもしれない。

…例え、そうだとしても、どう受け止めるかは恵介自身の問題だ。
胸の痛みから助けてやりたくても、それを感じることが出来るのは当事者達だけだ。

琢磨は傍観に匹敵する立場が、歯痒く思えた。

「恵介…」

名前を呼ぶことすら出来ない。けれど、そんな琢磨を見た恵介は目を閉じながらゆっくりと首を振った。いつもの微笑みを湛えて。

「やっと分かりました。どうして先生の部屋が、あんなにも閑散として、生活感もなく、…カーテンすらなかった理由が。…住んでいなかったですね」

先生は涙で崩れた化粧をそのままに、震えながら頷いた。恵介を傷つけた先生には、説明責任がある。それを先生自身も理解していたのだろう、ポツポツと語りだした。

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