crocus
「ただいま戻りました」
「おっ、おかえりぃ。時江ちゃんに会ったろー?すっげぇ優しいから、時江ちゃん目当てで来る客も多いんだぜ?」
琢磨くんの言葉に心からうんうんと頷き、「分かります!」と賛同した。
そして木材で出来た長椅子に1つだけ1人で腰かける上矢さんの隣がポカンと空いていることと、その空間のテーブルの上にフルーツ牛乳が置かれていることに気付いた。
「若葉ちゃんはこーこ」
上矢さんがポンポンと自分の隣を叩き、座るように促してくれた。そろりそろりと遠慮がちに座れば、そのフルーツ牛乳の瓶を目の前にする形になった。
戸惑っている若葉に対して、右斜めの方向に座る桐谷さんが、やや頬を染めながら、振り返りきらぬ微妙な角度で横顔を見せて言う。
「お、押し間違えたんだ。嫌いじゃなければ飲むといい」
「え……あ、ありがとうございます!あの桐谷さん、おいくらでしたか?ジュース代……」
「いや。俺が勝手に間違えたんだ。それを押し付けたのだから気にすることはない」
「でも……」
それでも若葉は喜んでいただく訳だから、桐谷さんが損をした形のままは申し訳なく思った。
そう考えていると、隣の上矢さんにぐいっと肩を抱かれ、そのまま耳打ちされた。
「(間違えたなんて照れ隠しだよ。だって迷った末にフルーツ牛乳押してたし。若葉ちゃんが何が好きか考えたんだろうねー?かわいいでしょ、かなめんって)」
ひそひそと伝えられた事実に若葉は瞳を潤ませずにはいられず、フルーツ牛乳を宝物のように両手で包むと桐谷さんに向かって改めてお礼を言った。
「桐谷さん、有難くいただきます。フルーツ牛乳大好きなんです!」
「そ、そうか……それなら丁度よかった」
そう言って桐谷さんは残っていたビールをゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。