crocus
一面の大きな鏡の前に立ち、5分10円のドライヤーの風を髪に当てていると、いつの間にか鏡の中でかわいらしいおばあさんが映っていた。一瞬ドキリとしたものの、ドライヤーを止め後ろを振り向いた。
「こ、こんばんは!」
「はい、こんばんは。あらま、驚かせちゃったかしらねぇ?ふふふふ、ごめんなさいね?」
若葉がフルフルと頭を横に振るのを見ると、おばあさんがにこやかに微笑んで近くまで歩みを進めた。
「クロッカスの子達が珍しく休憩してるものだから、どうしたものか訊ねたら、新しい従業員の女の子を待ってるっていうから…。あの子達のお姫様が気になって…番台抜けて来ちゃった。ふふふ、本当に可愛らしいお嬢さんでドキドキしちゃう」
「えぇ!?そんなそんなっ…」
若葉は、おばあさんの言葉に真っ赤になりながら首を振った。そして彼らが、自分を従業員と紹介してくれたのだと嬉しく思うと同時に、琢磨くんの言っていたことが優しい嘘だと分かり胸がきゅんと締め付けられた。
いつもたむろしてるなんて、気兼ねなく乾かしに行けるように言ってくれたんだ。
若葉は温かい気持ちを宿したまま、これから頻繁にお世話になるであろう番台さんに改めて挨拶をした。
「これからたくさんお世話になる、雪村若葉です!お風呂とっても気持ちよかったです」
「あらまぁ、ありがとう。私はここの店主で番台の桜田時江です。みんな、時江ちゃんって言ってくれるから、若葉ちゃんもそう呼んでね」
「時江、ちゃん…」
少し照れながらそう呼ぶと、おばあさんと目が合い自然と笑い合った。優しい時間を惜しみながら、若葉は再び男性陣が待つフロアに戻った。