あの子の好きな子
ざわざわと騒がしい校内の中で、広瀬くんと座った廊下の隅っこのあの空間だけは、静かでゆったりとした時間が流れていた。
「私、忘れもしないんだ。小学生の頃、ホチキスで人差し指はさんじゃったの」
「痛い話やめろよ」
「でもね、私、授業中にトイレとか言えないタイプの子で、そのことも言えなくて、痛いの一人で我慢してたんだよね、へんなの」
広瀬くんはリアクションも薄いし口数も少ないし表情も決して明るくないけど、なぜだかとても話しやすかった。独特の空気感が居心地よくて、広瀬くんとなら何時間でもくだらない話をできる気がした。どうしてクラスのみんなは広瀬くんと仲良くしないんだろうと不思議がりながらも、そうならないことに安心していた。
「芯を替えようと思って、開こうとしたの。そしたらなにかの拍子で、パチンって指に刺さっちゃったんだよね」
「やめろってば怪我話」
「こうやって、開けようとしただけなんだけど・・・」
その時、ホチキスを片手でくいと開こうとした。一瞬、ホチキスがかちゃんと音をたてて手をはじいた感じがして、ぴりりと指に痛みが走った。もう片方の手に持っていたティッシュがはらりと落ちる。
「あいたっ・・・」
ホチキスも床に落ちて、指を見たとき理解した。さっきまでしていた昔話そのままに、人差し指にホチキスの芯が刺さっていた。爪側はきちんと爪が指を守ってくれていたけど、指の腹の方はしっかりと芯が埋まっている。じんじんと痛み出した。
「お前・・・」
「げっ。うそ。うわ、さっき話したまんま。またやっちゃった」
「動くなよ」
「あはは、格好悪い、バカみたい。いたたたた」
「動くなってば!」
座り込んだ私のひざの前には、作り終わったティッシュの花がばらばらと置かれていた。広瀬くんはそのお花たちを踏みつけて私の指まで飛んできた。広瀬くんの長くて器用な指が私の手をしっかり掴んでいる。広瀬くんの指は少し冷えていた。心臓が一度大きくどくんと鳴って、体が熱くなる。傷から血が吹き出てしまわないかと思うほどだった。