あの子の好きな子


だめもとで行ってみよう。
午前で授業が終わったから、クラスの何人かでお昼ご飯を食べようというさっそくの親睦会が企画されていたけど、私はさっさと教室を離れた。クラスメイトとは時間をかけて仲良くなろう。私は、3月のあの日のドキドキが冷めないうちに先生に会わないといけない気がして、変な焦りを感じていた。
職員会議が、この時間じゃありませんように。先生が、いますように。そう祈りながら、階段を駆け上がる。

明かりは消えていた。その時点で、半ば諦めていたけど、準備室の扉は開いていた。先生がいない時はいつも鍵がかかっているから、すぐ戻るのかもしれない。中に先生がいないことを確認すると、そう思った。少しだけここで待っていたら、先生はすぐに帰ってくるかもしれない。私は、準備室の扉の前に、しばらくの間立っていた。

「ばいばい、明日ねー」

帰っていく生徒たちの声が遠くで聞こえる。この階は相変わらず人通りがないけど、もし誰かが来た場合、準備室の前に突っ立っている私の姿はちょっと異様かもしれない。そう考え出すと気になってしまって、そろりと準備室の扉を開けた。中に入って座ってしまえば見えないし、何もさわらなければ怒られないよね?こんなところ、篠田先生しか入ってこないし。明かりが消えた薄暗い準備室に、忍び込むように入った。入ってすぐのところにしゃがみこんで膝を抱える。ああ、先生がいなくても、この場所はやっぱり落ち着く。先生が帰ってきたらびっくりするかな、するだろうな、びっくりさせちゃおう、だから早く戻ってきて・・・



昨日、緊張してなかなか寝付けなかった。きっと、それがいけなかった。あと、準備室の異常なまでの安心感。それもいけなかった。いつの間にか私は、体育座りのまま昏々と眠りについていた。

「久保」

目が覚めたとき、準備室には明かりがついていて、私の顔には影がかかっていた。篠田先生の、影。私の顔を覗き込む先生と目が合ってから、状況を把握するのに数秒かかった。


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