あの子の好きな子
「・・・・・・・・・」
「久保?」
口を開けても声が出てこなくて、鼻がつんと痛んだ。顔が自然とくしゃくしゃになっていく。あごまで来た涙が床にぽとりと落ちたとき初めて、ああ私泣いているんだなとわかった。
「ど、どうした?」
「・・・・・・、・・・よかっ・・・」
「え?」
「私、先生が・・・、・・・先生が」
「え?何?」
「先生が・・・、けっこんしちゃうのかと、おも・・・」
のどが熱くてうまく喋れない。先生の前で泣くのはこれで三度目になってしまったけど、今までで一番の号泣だった。でも、安堵の涙。今までで一番あたたかい涙だった。先生は目と口をぽっかり開けて私を見ていた。
「そんなに・・・泣かなくても・・・」
「・・・ごめんなさ・・・」
「謝らなくても、いいんだけど・・・」
先生はひたすらおろおろとしていた。やっぱり先生は泣かれるのに弱いんだと思う。
「あ、えーと、ハンカチ。ハンカチ、使うか?あ、でも持ってないな、参ったな・・・えーと」
「・・・・・・・・・」
「あ、そうだ、これ。フェイスタオルだけど、だめかな。大きいけど、気にしないで使っていいから」
「・・・・・・・・・」
私の前で、あれやこれやと動きまわる先生が涙越しに見える。私の顔を覗き込むその瞳も、頼りなく動くその指も、声も匂いも髪も服さえも、すべてが大好きで愛おしい。もう気持ちがいっぱいに溢れ出てきて、差し出されたタオルごと、先生の胸に抱きついた。あたたかくって、準備室と同じ匂いがした。