あの子の好きな子



ちょうど木陰になってるから、向こうから私たちは見えないかもしれない。でも距離はわりと近かったから、話し声がはっきりと聞こえた。広瀬くんが実際に久保さんと話してるとこ、初めて見る。

「だからね、安心したんだよ」
「もういいよ、その話」
「照れないでよ。雄也ママによく聞かれるんだよ、元気にやってるかしらーって」

久保さんは体育着だったから、これから部活なのかもしれない。一緒に帰っているわけではないみたいだった。広瀬くんが自転車を押して、それに久保さんがついていく。

「じゃあ、来週の火曜でいいのね?絶対都合つく?」
「たぶん」
「たぶんじゃなくて、絶対あけておいてよ、いい?」
「強引だな」
「じゃあね、部活行くから」
「遥香」

広瀬くんが呼びとめて、久保さんが振り返った。二人の様子をじっと見ている私を見て、辻くんは何を考えているんだろう。それでも目を離せなかった。

「なに?」
「お前・・・気をつけろよ」
「何が?」
「・・・色々」
「・・・・・・うん、気をつけるよ。雄也にばれちゃったのが最後の失敗だよ。じゃあね」
「・・・ああ」

久保さんは、走ってグラウンドの方に戻って行ったけど、広瀬くんはしばらくその様子を見ていた。久保さんの姿が見えなくなっても、ぼんやりとその方角を見たまま、自転車を起こしたまま、じっと立っていた。少しして、小さなため息のようなものをつくと、あの古い自転車をようやく漕いで帰って行った。

私は、その言い表せない雰囲気にまた不安になった。広瀬くんは、どうしてすぐに帰らなかったの?久保さんの背中を見て、何を考えたの?広瀬くんは彼女じゃないと言っていて私は安心していたけど、大事なことは何もわかっていない。広瀬くんにとって、久保さんはどういう存在なんだろう。


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