あの子の好きな子



「ねえ、辻くん、やめようよ・・・」
「あゆみ先輩、その顔、めちゃくちゃかわいい」
「やだよ、もう・・・」
「やっぱり俺、あゆみ先輩が好きだよ」

加奈ちゃんの顔が浮かぶ。広瀬くんの顔も浮かぶ。久保さんの顔も浮かんだ。色んな人の、色んな台詞が、頭の中を駆け廻った。

―あゆみ先輩って、あの・・・ちょっと鈍いところあるでしょ、だから気付いてないのかなって思ってたんですけど
―そればっかりは、仕方ないし、どうにもしないよ
―担任になったら、毎日同じ教室にいられるなんて最高って思ってた
―あー・・・私は・・・うーん、内緒です
―幸せそうだし、遥香が篠田のことすげー好きだなって、見てて思うから
―森崎さんは、雄也のことが好きなんだね。

「先輩、キスしていい?」
「やだっ・・・」
「どうしたら、してくれる?」
「嫌だ、離して!」

力いっぱい、辻くんを突き飛ばした。パイプ椅子がガタンと音をたてて倒れた。辻くんは不気味な笑顔をやめていて、おもちゃを取られた子供みたいな悲しそうな顔をした。

「あゆみ先輩」
「何・・・」
「嫌いにならないで。真剣に、考えて欲しかっただけだよ、俺のこと」

私は少しの間その場に立ち尽くして、ぐっと唇を噛んで進路情報室を出た。走って、走って、教室まで戻った。5限は別の教室だったから教室は無人だった。自分の席まで走って、そのまま倒れるように座り込んだ。

どうして、世界は一対一に作られなかったんだろう。誰かには誰か、運命の人がいて、自然とお互いのことを好きになる。それでよかったじゃないか。どうしてこんなに、一方通行の想いばかり、世の中には溢れてしまうんだろう?加奈ちゃんの告白も、辻くんの愛情表現も、私の気持ちも、広瀬くんの長い片想いも。すべてが、自分を苦しめている。誰もが幸せになりたくて、好きな人に振り向いてもらいたいだけなのに。

あの子の好きな子が、自分だったらって。そう思うだけなのに。




-----------森崎あゆみの場合


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