あの子の好きな子



「・・・せんせ・・・?」
「ああ、やっぱり久保だ。何してるの、こんな時間まで」

篠田先生。いつもの篠田先生だった。いつもみたいに、ぼさぼさ頭で、よれよれのシャツを着て、穏やかに笑っている。そんな篠田先生の顔を見て、篠田先生の声を聞いて、夏の夜の切ない匂いが鼻につんとした。ここ最近の胸にため込んだ気持ちが溢れ出してしまいそうで、私は道の真ん中で泣き出した。

「・・・久保?え?どうした?おい・・・先生、何かしたか?」
「・・・・・・・・・」

私は声が出せずに首を振った。私の目の前で、どうしていいかわからずオロオロしている篠田先生のその胸に、今すぐ飛び込んで思い切り泣きたい気分だった。

「なんだ?学校でなにか辛いことがあったか?」
「・・・・・・・・・」

そんな風に優しい口調で聞かれると、涙がさらに溢れ出て来た。泣き続けることで、先生の質問に「そうだ」と答えているみたいだった。

「・・・久保。おいで。歩けるか?」
「ん・・・」

私はうんと頷くのが精いっぱいで、ゆっくりと前を歩く篠田先生に泣きながらついて歩いた。すれ違う人たちの視線は少し感じたけど、大体の人は見向きもせずに通り過ぎるだけだった。


あの大きなファッションビル。中にはオフィスビルや展望台、ちょっとしたアミューズメントパークも入っていた。その見慣れたビルに、先生は入っていく。

「先生。どこ行くの?」

ようやく話せるくらいに涙が落ち着いてきた私は、ビルのエレベーターに乗ったときに初めて聞いた。篠田先生は、にっこり笑って教えてくれなかった。

「久保にプレゼントだよ。いつも勉強熱心なごほうびに」

エレベーターがチン、といって止まった。何度かポスターで見たことはあったけど、来るのは初めてだった。


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