珈琲時間
『落ちれば良かったのに』

 その一言が、頭にこびりついて離れない。
 (何か、高宮くんに悪いことしたかな?)
 普段話しもしない、クラスメイトということ意外なんの接点もない彼に、嫌われるようなことをした覚えはない。
 (もしかして、気づかれないように見てたのが実はバレてたとか?)
 そうだったら、ショックだ。ただ見ていただけで、そんなことを言われるなんて。
 (明らかな拒絶だよね? あれは……)

 「リッカ? どしたの? 元気ないよ??」
 いくら表面を取り繕おうとしても、今回は上手くできないらしい。
 音楽室からの帰り道で、葉子ちゃんが心配そうにこちらを振り返る。
 (でもなぁ。葉子ちゃんに言ったら、きっと高宮くんのところに怒鳴りに行っちゃうもんなぁ)
 今でも、充分嫌われているのだろうけれど、これ以上嫌われるのは、もっと嫌だ。
 「……ん。さっきからちょっと頭痛がして」
 なんでもないと答えるより、体調が悪いことにしてしまった方が、無理に問いただされなくて良い。そう考えると、あたしはちょっと顔を俯かせてみる。
 「大丈夫? 保健室とか行かなくて平気?」
 よっぽど、顔色が悪かったんだろうか。
 あたしの言葉を信じた葉子ちゃんは、そのままあたしを保健室へと連れて行ってしまった。
 
 (次の授業、確か小テストがあったんだけどなぁ)
 一瞬、そんな現実的なことがあたしの頭をよぎったけれど、あたしは素直に甘えて保健室で休むことにしたのだった。

 「失礼しました」
 保健の先生にそう挨拶して保健室を出る。
 いくらなんでも、何時間も保健室のお世話になるわけにはいかないし、明日も明後日も高宮くんとは顔を合わせるのだから、避けるわけにもいかない。
 (でも、結構無意識に視線で追っちゃうこともあるからなぁ。注意しないと)
 
 (…………いっそのこと、落ちちゃえば良いのかなぁ)
 階段からあたしが落ちたと聞けば、彼の気も少しは治まるだろうか。
 休み時間になっても、保健室のある東階段は、用のある生徒しか通らない。だから、あたしが自作自演で落ちるシーンを演じても、誰もそれを見咎めることはない。落ちた後の言い訳も、めまいがしたとかで充分にごまかせる。
 そんなことできるわけもないのに、無茶な考えが浮かんできて、泣きたくなった。そんな自分が情けなくなって、階段の途中でしゃがみ込む。
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