珈琲時間
12/7「片付けられない女」
 だから来ないでって言ったのに。

 玄関の前で立ち尽くしている彼に向かって、心の中で呟く。
 肝心の彼は、部屋の様子に目を奪われて私の声など届きもしないみたいだ。今ならドラマや漫画みたいに目の前でひらひらと手を振っても気がつかないかもしれない。
 「美咲さん?」
 「なぁに? 浩介くん」
 「これ、何?」
 浩介の指差す先を見やって、ニッコリと答える。

 「私の部屋」

 いや、そうじゃなくて、とか突っ込みを期待して言ったのだけど、やっぱりそこまで頭が回らないらしい。
 「そっか。美咲さんの部屋か」
 「そう。私の部屋」
 「……このゴミ屋敷が美咲さんの部屋か」
 「うん。私の部屋」
 「この世界中の片付けられない女たちの代表例みたいなこの部屋が美咲さんの部屋か」
 「…………浩介、そこまで言う? 仮にも彼女の部屋よ?」

 あまりのけなされ具合に流石に笑顔が苦笑になる。
 すると、彼の方もようやく立ち直ったようで呆れてこちらを見返してきた。
 「で? 何があったわけ?」
 話に聞いてたけど、これはすごい。
 そう言う浩介に、へらりと苦笑いを返す。
 「んー。なんか、どうでもよくなったらいつの間にか部屋がこんな風になってて」

 私の部屋は、私の精神状態に比例して綺麗になったり汚くなったりする。
 たいてい汚いときが多いのだけど、お客さんが来るとなればそれなりに片付けはするし、余裕のあるときは片付けをするのも嫌いじゃない。
 だけど、私の場合精神的に追い詰められると自分の周りのことなど、どうでもよくなってしまうのだ。
 「最低限のものは無事なんだけどね」
 お財布とか、洋服とか、食べ物とか。
 とりあえず、これがなければ生きていけないだろうと思われるものや、自分の好きなものは壊れないように見つけやすいように確保された場所においてある。
 けれど、問題はそれ以外のものだ。
 ちょっとでも心の中で気に入らないレベルのものは、無造作に床に散らばり錯乱している。

 「とりあえず、片付ける」
 「……それよりも、先に美咲さんの心の問題片付ける方が先じゃない?」

 部屋の惨状を見れば、私の精神状態なんか丸分かりだろう。
 浩介の言うことはもっともだけど、そう出来ないから困っている私がここにいるのだ。

●素敵な部屋を作りたいものです。そしてそれを維持したい。
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