魔王と王女の物語
ラスが寝てしまったので、コハクは影から抜け出ると、


ベッドに腰掛けて、擦り傷だらけの細い腕を取り、ぺろぺろと舐めた。


「傷なんかつけるなよな。せっかく真っ白なのにさ」


審美眼に確かな自信のある魔王が頬を撫でまくっていると…


「影!ラスに触るな!」


さっきまで気絶していたリロイが猛然と駆けて来ると、コハクの手を振り払った。


「なんだよ、俺のもんだから触るくらいいいだろ」


「誰がお前のものだ!魔王め、僕が大きくなったら絶対お前をラスから切り離してやるからな!」


むきになって剣を振り上げて襲い掛かってくるリロイの攻撃を、室内の影を伝いながらひょいひょいと避けながら楽しんでいる感のあるコハクに歯ぎしりし、わき腹を押さえた。


「せっかく治してやったのに傷口が開くぞ?それにさあ、俺に何か言うことないの?ほれほれ、言ってみろよ」


元々上がっている口角をさらに上げてにやにや笑うコハクが心底憎たらしく、

それでも素直なリロイは吐き捨てるようにそれを口にした。


「た…、助かったよ!くそっ!」


「“くそっ”は余計だなあ。まあいっか、チビが大人になるまでちゃんと守れよな」


「お前に言われなくてもそうする!」


つい大声を張り上げてしまい、ラスが寝返りを打って起きそうになってしまったので、

慌てて口を押えるとじりじりと後ずさりをして部屋の入口に立つ。



「お前の花嫁には絶対にさせないからな。僕が白騎士団の隊長になったら…お前の城まで行ってお前の身体を元に戻れないくらい細切れにして葬ってやる!」


「はいはい楽しみにしてるよ」


赤い瞳が怪しく細まり、まだまだ腕っぷしの足りないことを自覚しているリロイが部屋を出て行くと、


今度は布団を捲ってラスのふくらはぎについた傷をぺろぺろと舐めた。


「大人になったらもっとぺろぺろするからな」


…またラスが聞いたら首を捻りそうな言葉を囁きかけて、ラスの影に戻っていった。

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