BLack†NOBLE

 こんな場所で婚約の儀式を執り行うなんて正直乗り気じゃない。ここは、あまり安全ではないからな。

 どうしても此処がいいといったのは、彼女の方だ。


 目的は、どうせ観光とショッピングなのだが、俺はどうしても彼女のわがままを聞き入れてしまう。



「まあ♪ 素敵。柏原のお父様って意外とロマンチストなのね?」


 それに、この場所は俺の父が駆け落ち同然で母にプロポーズをした場所。そこを一目みたいと思う気持ちもあったのかもしれない。


「私たちも、こんな素敵な場所で結婚の約束をするのね!」



 こんなに可愛らしく、素直に喜ばれると心底ここに来てよかったと思ってしまう。


 着なれないタキシードの襟を正して、愛しき婚約者に手を差し伸べる。



「お手をどうぞ、我が姫君」

「ありがとう」


 ふざけてみても彼女は、満更でもなく俺の手をしっかりと掴んだ。


 ゴンドラから降りて、寺院までのエスコート。ビロードの絨毯の上を歩き、観光客から祝福の拍手が送られる。

 二人きりの婚約式だ。寺院へは、先に連絡をして特別な配慮をしてもらっている。

 神に誓うわけでも、誓約書を書くわけでもない。


 ただ二人で静かに誓うだけの式にしたい。


 そのために、クーポラ部分の人気のない二階バルコニーを貸し切った。


 間近に迫る、金色に輝くモザイク画は圧巻だ。 テラスからは、サンマルコ広場も眺められる。


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