主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
息吹は秘密裏に雪男から字の練習を教わるようになっていた。


主さまが眠っている時や百鬼夜行に出かけている時。

少しずつ勉強をして、最近は字も書けるようになり、雪男から褒められた。


「覚えが早いな。よし、明日は俺が幽玄町でいろはの本を買って来てやるぞ」


「本当!?雪ちゃんありがとう、大好きっ」


雪男の膝に上がって抱き着いている現場を目撃した主さまが不快そうに鼻の頭に皺を寄せた。


「何してる」


「え!?い、いや、別に」


庭の砂で描いた文字を脚で蹴って隠すと、縁側に寝転がりながら最近の態度について言及された。


「最近百鬼夜行について来ないがどうした?」


「や、そういうわけじゃないんだけど。ちょっとやってることがあるんで…」


妖の中でも抜きん出た美貌の雪男が秋空を見上げると、主さまが意地悪気ににやりと笑う。


「女でもできたか?お前の母のように氷漬けにして殺してしまわないようにしろよ」


「女っつーか…まあ…女なんだけど…それより主さまは…まだ息吹を食べるつもりなのか?」


――絵師に絵を描かせてから3か月。

息吹が居ない時を見計らって絵を眺めてはため息をつく主さまは、はたから見れば恋煩いをしているように見えた。


もちろん絵を見ている姿は誰にも見られていないのだが、時々悩ましく艶やかな表情を見せるようになり、女妖たちから黄色い声が上がったりする。


「食うつもりだとも。ここまで丹精込めて育てたんだ。嫁にでも出せと言うのか?」


…なんとなく自分で言って自分で傷ついてしまい、不機嫌そうに黙り込んだ主さまの隣で同じように寝転んでにこにこしている息吹を見るとわざと寝返りを打って背を向けた。


「主しゃまの髪紐、私のと同じー」


「お前が今朝勝手に結んだんだろうが」


――なんとなくなのだが、最近息吹は大人びて見えるようになった。


もちろん今も昔も後をついて回るのは相変わらずだったが、それでも時々雪男や山姫と小声で会話をして、目が合うと慌てて口を噤む。


無理矢理吐かせても良かったのだが、息吹に直接言わせたくて今まで黙っていたが…


主さまもそろそろ限界に来ていた。
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