主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
晴明の屋敷の前に着いた。


扉には大きく五芒星の印が描かれた札が貼ってあり、力の弱い妖はこの中へ入ることができない仕組みになっている。


「お前はここに居ろ」


不安そうな山姫を待たせ、主さまが扉に向かって妖気を放つと大きな音を立てて僅かに軋み、さらに刀を一閃させると内側に倒れ込んだ。


「行くぞ」


「は、はい…」


――晴明の屋敷。

何度かここへ来たことはあるが、その度に屋敷は形を変えて、構造がわからないようになっている。

池には上半身が人の女で、下半身が魚の妖が池を泳ぎながら主さまに艶めかしい手つきで手招きをしていた。


「晴明!出て来い!」


声を張り上げて呼びかけるが、返答はない。

主さまの身体からは妖気が噴き出ていて、触れてしまえばたちどころに発火してしまいそうなほどに熱く、山姫は主さまから距離を取って叫ぶ。


「息吹!出ておいで!迎えに来たよ!」


耳の横で髪を二つ折りにして結ぶ美豆良(みずら)と呼ばれる髪型の童子たちがどこからか出て来て主さまたちを取り囲んだ。

そして固く閉ざされていた屋敷の戸が開いて姿を現したのは…弓を手にした若い人間の男と、酒を飲みながら寛いでいる晴明だった。


「晴明…どうして息吹を攫った?取り戻しに来たぞ」


「あの娘は人として生活するべきだ。息吹は私が育てる。教養をつけて、琴を嗜み、女らしく美しく成長するだろう。そなたに食われるにはもったいない」


「…ぬかせ。あれは俺のものだ。ここまで俺が育てたんだぞ」


「食うために、だろう?」


――その会話を…息吹は戸の影から聞いていた。


否定してほしい…!


そう一心に願ったが…

聴こえてきたのは、僅かな沈黙の後の望まなかった一言。


「そうだ。息吹を食うためにここまで育てたんだ。だから返してもらう」


絶望感に包まれて打ちひしがれる息吹をちらりと盗み視しつつ、晴明が式神の童子たちに目配せをすると、恐ろしげな大蛇の姿や大鬼の姿になって主さまたちを威圧した。


「主さま…!」


「…今日は出直す。明日また来るぞ。必ず返してもらう!」


――息吹は顔を覆って泣いて…別れを決めた。
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