主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
その日主さまは荒れに荒れた。


とにかく暴れに暴れて、山姫もそんな主さまを宥めることができないほど気落ちして、塞ぎ込む。


――事情を聴いた雪男は晴明の大胆な行動に衝撃を受けながらも、少なからずここまで息吹を山姫たちと一緒に育ててきた自負があるので、いきり立って晴明の屋敷へ向かおうとした。


「俺が連れ戻してくる!」


「行ってどうする。俺が追い払われたんだぞ!」


主さまが瞳を尖らせ、激高して叫んだ。


「皆で晴明の屋敷を襲おう!息吹を取り戻すんだ!」


「やめておけと言っている。俺がどうにかするからお前たちは大人しくしていろ!」


そして夜になるまで寝室にこもり、息吹と一緒に寝ていた床に寝ころがると懐から絵を取り出して眺めた。


…こうなる前にこの手から離れていくとは。


晴明に息吹を奪われたことが屈辱的で、自分の呼びかけにも応えなかった息吹が憎たらしくて、また乱暴に懐に絵を戻すと夜まで悶々と過ごし、陽が沈むと外に出て、縁側にうなだれて座っている山姫の手に握られている髪紐に目を落とした。


「…それは息吹のだ」


「…そうです。どうして気付いてやれなかったんでしょう…あの子…様子がおかしかったのに…」


顔を覆ってさめざめと泣いて、母代りとして悪戦苦闘しながらここまで来たのに頼ってくれなかったことが悲しく、


主さまは山姫に背を向けた。


「俺の命令に背いて晴明を襲うな。あいつも何をしでかすかわからないからな」


「…はい。主さま…息吹をお願いしましたよ」


「ああ」


――そして再び晴明宅の前へ。

すでに扉に新調されていて、さらに強力な札が貼られていたが、力任せに何度も力をぶつけると中へ入ることができ、そこで縁側に座って酒を飲んでいる晴明と会った。


「もう来たのか。よほど恋しいと見える」


「…息吹はどこに居る」


「この奥だ。呼びかけたくば呼びかけるといい。ここから出るも残るも息吹次第だ」


…絶対的な自信。


矜持を傷つけられたが、息吹を取り戻すためなら、と中へと呼びかける。


「息吹、出て来い。帰ろう」


…返事はない。
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