主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
帝と約束を交わした後、晴明は後宮の奥深くにあるという空海の部屋を訪れた。


何しろ息吹が関われば目の色が変わるのは主さまだけではなく…晴明も同じなのだから。


「道長はうまく張り付いているだろうか」


見張り役を頼んでからこっち、屋敷に全く姿を現さない道長を案じたのもあるが、左手で印を作っていつでも術を唱えられる態勢を取った晴明は、言葉もかけずに襖を開け放った。


盛大に焚かれている護摩とその前に座す空海。

そして道長が部屋の隅に居座っており、部屋へ入っても空海が反応しないので道長の隣に腰かけた晴明は瞑想を続ける空海を鋭い瞳で見つめた。


「道長…どうなっている?」


「空海は数日前に突然倒れてそのまま寝込んでいた。そなたが何かしたのだと思っていたが…その顔は間違いないようだな」


にやりと含み笑いをした晴明の顔を見てため息をついた道長は、烏帽子を取って襟元を緩めると、力なくうなだれた。


「どうした?」


「奴が何をしているのか俺には全くわからん。一体何をしたんだ?」


「息吹の夢の中へ介入して何かしらの術をかけていた。…そろそろ完成すると言っていたがまだ何の術かわからぬ。それを問い質しに来た」


「息吹…!?御子を捜していたんじゃないのか?」


「違うな、御子捜しは二の次のようだぞ。最初は真面目に捜していたようだったが、息吹と出会ってから方向転換をしたようだ」


小さな声でぶつぶつと何かを唱えている空海はこちらに気付く気配は一向になく、人差し指と中指を唇にあてて何かを唱えると、護摩の炎が一瞬にして消えた。


「おや…これは晴明殿。いつからこちらに?」


「そんなことはどうでもいい。私の可愛い愛娘が身体を弱らせて寝込んでいて心配でたまらぬのだが…一体何の術をかけた?」


単刀直入に問うた晴明に対し、空海は不敵な笑みを浮かべて身体の向きを変えて対面すると、こちらも座禅を組み、両手で印を作っていた。


「稀代の陰陽師殿でもおわかりにならないのですか?世の中まだまだあなた様の知らぬ術が存在するということですな」


いちいちかちんとくることばかりを口にするのは明らかな挑発で、晴明は肩を竦めて笑みを返した。


「長い時をかけて会得するとも。で?答えを貰おうか」


晴明と空海がにらみ合う。
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