絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

時には家族らしく癒されて

「ねえねえ……」
「んー」
「寝た?」
「だから起きてるって」
 ユーリが既にベッドに入ってからも、香月はその部屋を出ようともせず、ただパソコンチェアに座ったまま会話を続けた。ユーリはどうだか知らないが、誓って言おう。香月はこのシチュエーションにドキドキを感じたことがかつて一度もなかった。まあ、初めはワクワク、ではあったが。最近にもなれば、その存在は空気に近いのかもしれない。
「明日ドンキ一緒に行きません? お酒選んでほしいんですけど」
 実は今日の昼からこのセリフをユーリに言おうと考えていたのに、あーだこーだの無駄話で、結局言い出せたのは、部屋に入ってから一時間以上経った後のことだった。
「お酒のことならまかしときぃ!!」
「とことん飲んでみたい!」
「おおー」
「けど外だったら気遣うから、明日は家で飲もうと思って」
「よっしゃー!! って明日仕事やろ?」
「飲むってそんな一日中飲めないじゃん」
「……」
「6時に仕事終わるから、それから外で待ち合わせでいいですか?」
「決まり!!」
 そしてその日、7時にユーリとドンキで待ち合わせる。東都店からはドンキまで通勤自転車で15分ほどかかる。そこまで乗って行っても良かったのだが、帰りはユーリの車で帰るつもりにしていたので、朝から歩きで出社していた。従ってここまでは、バスで3分で来たのである。
「何見てんの?」
「あ、来た来たー。化粧品。どれが一番いいのかわかんなくて」
「安くてイイ物はなかなかないしねー」
「そうそう」
 いいながら、手にしていたマスカラを元へ戻し、香水コーナーのショーケースの前へ。
「この香水どう? ブルガリの新製品だって」
「俺女物派やから」
「へー、そうなんだ。おしゃれな芸能人ですねー」
「なんか、男用っておっさんくさくない?」
「あんまり気にしたことないけど。でもいつもさわやかだよね」
「そそ。まるで木々が揺れるかのような……」
 それを無視して、別のテスターを取り、
「……キャンディキャンディだって、これ」。
「ってなんか突っ込んでよ!」
「だって言うことないし……」
「はいはいもうええよ……。何? キャンディキャンディ?」
 香月はキャンディのような施しのテスターの吹付口を押し、そのまま宙に吹きかけた。
「うわー!! 飴だー」
「あまー!」
「こんな香りの女の子ってどうです?」
「飴まいてきたんと思われるんちゃう?」
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