絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 ミサキは面白がっている。
「ええー、嫌です、先生……」
 サエはすがりつくような声で彼を見上げている。
「(笑)、サエ、今日は失恋パーティといこうか(笑)」
 ナツコは早くも慰めに入り。
「ええー……」
「タクシーは?」
 サエのことなど全く気にしていない様子の榊は、誰とも見ずに言う。
「え、いやまだ……」
 ミサキの返事を聞くなり、彼は車道に向かって手を挙げた。
「……」
 3人は大きな瞳でこちらを凝視する。何もうこの空気……。
 榊の右手に、タクシーはすぐに捉まった。
「愛」
 何で……呼び捨てなんかに……。
 そう思いながらも、香月は一歩前へ出て、そのまま彼の元へ。そして、ドアの中へ。
「えっと……どこ?」
 そうか、住所知らないんだ。
「東京マンション」
「東京マンションまで、乗せて行って下さい」
 と言いながら彼は財布から1万円を取り出す。
「えっ、ちょっ……」
「これで」
 運転手は受け取るなり、一旦停止する。そりゃそうだ。ここから東京マンションなら、かかっても3千円だろう。
「釣りはいらない。代わりに無事に届けてください」
「は、はい!」
 運転手は精一杯元気よく返事をする。
「あっ、あの……」
「気をつけて帰れよ」
「え……あ……」
「何?」
「お金……」
 そうだ、確かに今ホストクラブで使い果たしたため、現金が小銭しかない。
「気にするな。じゃあな」
 彼はさっと身を引くとバタンと戸を閉めた。
 すぐに指示器の音が車内に響く。
 なんで……。
 涙が出た。だって、彼は私をあっさり捨てて、上司の娘を妊娠させたと言い、結婚した人……。
 なんでこんなに優しい? 昔の女をあっさり切り捨てる方法はいくらでもある。知らないふりをすればいい。
 それなのに彼は……。
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