絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「うん。あ、その人が車をプレゼントしてくれたの」
「……何してる。かは詳しくは教えてくれなかったけど」
「……私も、よくは知らない。でも、ポンとBMを知らない人にあげるなんてお金持ちには違いないよね」
「……」
「……奥様は……お元気?」
 今、この阿佐子の話が出なかったら、こんな話題に移ることはできなかっただろう。
「あぁ、それなりに」
「私も、結婚しなくちゃね」
 沈黙が怖くて早口になってしまう。
「……できるかな……」
「なにそれ、失礼な(笑)」
 榊の精一杯の冗談だと思った、だが、
「そんな、いつも周りにやっかいなムシがいる愛を、守ることができるやつがいるのかなって意味だ」
「……店長がね」
 よかった、次の話題がすぐに見つかる。
「私はなるべく接客をするなって感じなの。その、お酒のことがあってから」
「そうだろうな。人目につかない会計とか、裏仕事をすればいいんじゃないか?」
「店舗での裏仕事は基本的には倉庫しかないのよね。倉庫は荷受け。できないこともないけど……多分つまんない」
「倉庫ってことは周りは男だろ? バイトみたいな。なら状況は同じだよ」
「……そもそも、7割男の社会だから……。向いてないのかな、そういう職場」
「そうだな」
「酷い即答」
 香月は榊を睨みながら笑った。
 香月のジュースは全く減っていない。だが、榊のカップは今丁度全ての液体が胃の中に入ったところだった。
 よいタイミングである。
 そう思っているはずだ。
「じゃあ……。そろそろ出るか」
「うん……」
 それ以外に応え方がない。
 榊はさっとレジへ向かうと勝手に精算をしてしまった。
「ごめん、ありがとう、わざわざ……来てもらったのに」
「いや、それほど遠くはない」
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