絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

支えられて踏み出せる一歩

 自分の中での榊との空白が、今のほんの一時間で、解決したような気がする。
 榊は終始ポーカーフェイスでありながらも、時々見せる優しい表情は以前にも増したようであった。
 自分達の6年間という空白がそうさせたのであれば、決して無駄ではない空白だった。
 いやむしろ、これからの人生に必要な空白だったのかもしれない。
 気持ちは十分に落ち着き、榊と会う、という衝撃的なイベントが、それまでの大事件を全て消してくれたように感じられた。
香月はカフェから淡々と自宅に戻り、玄関の扉を開ける。こんな日は電気すらついていないのが一番いい。
 昨日だったか、レイジが一緒に中国へ行こうと誘ってきた。
 中国……。
 あの、美人にもう一度会ってみたい気が少しした。だけど、自分で連絡をとるのが億劫だったし、会って何を話すことがある。
 中国、シンガポールを一週間ずつ滞在。
「疲れて行けない」
 小さくそう口にすると、彼は痛いくらいに抱きしめてきた。だが、それはもう痛いという肉体的表現でしかなく、多分、既に自分の中で、彼は家族の一員になったのだろうと感じた。
 そうしながらも、彼は愛おしそうに頭を撫で、当然予定時間に出国した。
 一人の時間がようやく暇だと感じられるようになってから、初めて携帯電話という存在を思い出す。
 そういえば、ユーリのデスクの上に乗せられたままだった。
 充電器の場所もそのままだったので、すぐに充電できる。何日ぶりだろう。車に置きっぱなしにされたままで、電池切れで電源が切れたものだと、警察から聞いたことを思い出す。
 電源ボタンを押し、2秒かかって、待ち受け画面が現れた。とりあえず、着信履歴から。
「あぁ……」
 忘れていた。
 そういえば、会社をずっと休んでいるのだ。
 いつだったか、病院で宮下が休職扱いにしている、と言ったかな……有給だったか。
 履歴には、西野をはじめ、宮下、松岡の番号が並んでいる。西野は留守番電話も吹き込んでいた。
 次にメール。10件以上のメールが受信されていなかった。
 次々に読む。
 ……皆……心配かけたな……。
 日付を見ると、事件が解決してからも心配メールが続いている。そうか、事件のことは知らされないで、そのままになっているんだ……。
 読んでいくうちに分かる。理由は体調不良、か……。
 特に何も考えずに宮下の番号を押す。事情を知っている宮下が理由を考えたに違いないし、今連絡を待っているとも思えた。
 コールは3回ほどで、相手はすぐに声を出した。
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