絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 香月は午後6時過ぎのたい焼き屋の列の一番最後に並ぶ。店舗から歩いて一分の場所に新しくできたとあって、回転当初からクリーム味がおいしいと、話題の店である。小さなコンテナ小屋だが、最近テレビで紹介されたとあって、並んで買うのが当然のようになっているらしかった。小雨だし、傘がなくてもいいかと、食欲に負け、とりあえず濡れた髪を少しでも拭こうとバックからハンカチを出した。
「香月……」
「……さ……」
 とう副店長……。
「この年でたい焼き屋に並ぶなんて恥ずかしいけど、今日携帯の予算達成したら奢るって佐伯と約束してな」
「……あ、そうなんですか……」
 目の前にいたのに全く気付かなかった。
 熱々をほお張ろうとしている女子高生が目の前を横切り、次が佐藤の番になる。
「小倉5つとクリーム5つ。香月は?」
「え……あ……」
 店員もこちらを見る。
「え、と、小倉2つとクリーム2つ……」
「袋は別々でお願いします」
 佐藤は当然のように注文をした。
「あ、え、お、お金……」
 香月は慌ててハンカチをバックに投げ捨て、財布を捜す。
「いいよ、このくらい」
 後が怖いから支払いたいんですけど……。
「……」
 しかし、口答えするようなことでもなく、佐藤は淡々と全額支払い、すぐにたい焼きは袋の中に詰められた。
「はいどうぞ」
「あ、すみません……ありがとうございます」
「いいよ、このくらい。それより傘、ないのか?」
 しまったこのシチュエーション2回目だ! なんで傘持ってこなかったんだ私!!
「あ、はい……」
「入っていいよ」
 どちらかといえば入りたくないんですけど……。
「す、すみません……」
 香月は少し離れて傘の中にどうにか納まろうと努力する。
「濡れる」
 まるで、勝手知ったる我が者のように。
 佐藤は堂々と香月の肩を左手で抱き寄せ、傘の中に入れた。
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