優しい手①~戦国:石田三成~【完】
壁伝いに一人で戻ってきた桃を見て出入り口側で待っていた三成が手を取ると、すでに敷いてあった布団の上に座らせた。


「幸村はどうした?」


「ちょっと用事があるから先に行ってて下さいって言われたよ」


男たちが顔を見合わせて、同情しきりのため息をついた。


「哀れな…」


そんな中また一人場違いな声を上げる男が在った。


「羨ましいなあ」


…謙信だ。


今夜は桃の向かい側の布団で、まだ床に入らずに窓辺に腰かけて一人盃を傾けていた。


目が見えなくなって、嗅覚や聴覚が敏感になってきた桃が鼻を鳴らし、笑った。


「またお酒飲んでるの?本当に好きなんだねー、身体壊しちゃうよ?」


――桃は目が見えないのでわからなかったが、謙信が呟いたのは聴こえた。



「四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒…」



――これは、この言葉の意味は…


「…姫、どうして泣いているの?」


いつの間にか、涙が零れた。


両目を覆っていた布が涙で濡れて、頬を伝ってゆく。


「桃姫、どうしたのだ?」


三成や政宗が心配して寄ってきたが、桃は窓辺に座る謙信に向かって、手を差し伸べた。


「謙信さん、謙信さ…」


「…姫はこの意味を知っているようだね。そうか、やっぱり知っているのかあ」


謙信の香の匂いがして目の前に座ったのがわかり、手探りで謙信の手を探し当ててぎゅっと握った。


「なんで…なんで今そんなこと言うの?お酒のことを叱ったから?」


ふっと笑う気配がして、桃の手は謙信の頬に引き寄せられる。


「私が生きた時は短いもの。一杯の杯のように素晴らしいものであって、そしていつかは覚めるもの。私の肖像画には杯の絵も描かせようと思っているよ」


「それでもやだよ、聞きたくなかったよ…。謙信さん、長生きしてね?だからお酒は控えてね?」


「ふふ、なかなか難しいお願いだけど、姫が傍に居てくれるのなら頑張れるかもしれないなあ」


――上杉謙信、辞世の句。


まだうら若き20代後編の謙信がすでに詠んでいた、辞世の句。


苦しくなって、三成たちが見つめる中涙は止まらなかった。
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