優しい手①~戦国:石田三成~【完】
声を上げながら廊下を歩く桃の後ろを謙信が少し距離を置きながらついて来ていた。


「も、来ないでったら!見られたく、ないの!」


「泣くことのどこが恥ずかしいの?泣かずにはいられないことが起きたっていうのに」


優しい優しい声。


大泣きしてしゃがみ込んでしまった桃の両目を覆う布を外すと、懐に入れて桃を抱き上げた。


「私、私今ひどい顔してるから、見ないで…!」


「泣くともっと目の治りが悪くなるよ。それにとっても可愛い泣き顔だし、もう仕方ないなあ、今は好きなだけお泣き。私が慰めてあげてもいいよ」


――今まではこうして泣いたり悩んだりしても、慰めてくれることはほとんどなかったのに…


抱き上げてくれたその腕がそのあたたかさが桃をまた大泣きさせた。


「姫…お園は三成の過去の女子だよ。こんなこと私がいえる立場じゃないけど、今は姫だけじゃないのかな」


「違うよ、三成さんは…今でも絶対好きだよ!私わかるもん…!三成さんの声…優しかった…!う、う、うあああんっ!」


――絶対的に愛されていると勘違いをしていた。


…三成は…ただ自分を拾ってくれただけ。

少し仲良くなって気を許して…あの女の人を忘れようとして、優しくしてくれただけ。


「謙信さん、私もう…尾張に戻りたくない!お父さんとお母さんを捜して、早く帰る!」


「“帰らない”という選択肢もあるよ。姫には私が居る。私には、姫だけだよ。本当に、姫だけしか要らないんだ…」


――耳元で囁かれて、耳が弱点の桃の身体は大きく揺れた。


途中通り過ぎる女中や小間使いの者たちが桃を腕に抱き上げて私室へと向かう姿を、驚きをもって見ていた。


ついに謙信が正室を――


計り知れないほどの器量と度量が求められる。

上杉謙信という男には、それだけの価値があるのだから。


「着いたよ。私の部屋だけど…もう寝ちゃおっか」


「え…」


やわらかい布団にやわらかく下ろされ、緋色の見事な打掛はそっと脱がされた。


「謙信さ、ん、私…っ」


「三成を忘れさせることくらい私には簡単だよ。どう、試してみる?」


――龍がやわらかく襲い掛かる。
< 288 / 671 >

この作品をシェア

pagetop