優しい手①~戦国:石田三成~【完】
桃が手探りで大広間から出て行った後、すぐに謙信が腰を上げた。


「じゃあ、行って来るから。あ、ここにはもう戻らないかもしれないからそのつもりで」


「…御意にございます」


兼続の返事は歯切れが悪く、また幸村の目も尖っていた。


…皆が三成に不信を抱いている。


突然去って行った恋人と偶然この城で再会し…頭が真っ白になってしまっていた。


「三成様、どうか私のことはもうお捨て置き下さいますように…」


お園という女子は、どこか病弱な感じで色が白く、痩せていた。

庇護欲をそそられるような、か弱い女子だ。


「三成よ…俺はお前を買い被りすぎていたのか…桃姫は今頃、お泣きになっているぞ」


「…」


瞬きを忘れたように、三成が立ったまま放心している。

兼続が無理矢理三成を座らせると、お園は桃と同じように逃げるようにして大広間を出て行った。


「三成殿…桃姫のお心をお察しください。桃姫には三成殿だけなのに…」


歯を食いしばりながらも何とか幸村がそう助言するが、三成は動けない。


「今頃は我が殿が桃姫をお慰め遊ばしているだろう。殿は義の男。そなたの不貞を決して許さぬ。はっきりと申せ。“桃姫だけだ”と」


「俺は…桃を……」


瞳を見開いてまた絶句してしまった三成の前に、景虎が仁王立ちで激しく見下ろしてきた。


「桃姫はやはり我らの母上となって頂く。過去愛した女子に動揺するなど…そなたの桃姫への愛はそれしきのもの!今すぐ尾張へ帰れ!」


大音声が響き、大広間はしんと静まり返った。


仙桃院はそのいざこざをずっと傍観していたが、静かだったけれど誰より一番謙信が怒っていることに気付いていた。


――三成とは恋敵として対等に戦いたかったはずだ。

幼い頃からどこか達観していたあの弟がはじめて女子を愛して、越後へと連れ帰ってきたのだ。


「静まりなさい。兼続…今宵桃姫と謙信に邪魔が入らぬよう控えなさい。いいですね?」


「…はっ」


中立の立場で在りたかった兼続が不承不承頭を下げ、皆が三成を非難の目で見る。


――それほどまでに、愛していたのだ。


かつては片時も離さぬほどに――
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