優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「トラちゃん、カッちゃん、お待たせ!」


…早速字で呼ばれて、景虎の顔は綻んだが…景勝は、誰にもわからない程度に頬を緩ませた。


「も、桃姫、その呼び方は…」


「駄目?私は好きなんだけど…」


ちょっとしょげてしまった桃を見た途端、景勝が強めに隣の景虎の肩を肩で押す。

…つまり、“謝れ”という合図だ。


「い、いえ、嬉しいです、ありがとうございます!」


「わあ、よかった!……居ないの?」


…桃が幸村にそう聞いたのは、三成のことだ。

さっき呼びかけられたのに無下にしてしまい、三成はその場から去ってしまった。


桃は自身に言い聞かせる。

それでいいのだ、と。


「桃姫…三成殿の言い分も聞いては頂けないでしょうか」


「いいの、聞きたくないから…言わないで」


また沈みそうになった気分を浮上させるためにわざと明るい声を出して大きく息を吸い込む。


「さっきね、お堂の中で不思議な光景を見たの。あれが謙信さんの望んでる世界かって思ったら、ちょっとお手伝いしたくなっちゃった」


やけに前向きなその発言に、幸村たちが気色ばんだ。


桃がこの時代に残ってくれるかもしれない――


俄かに皆が期待して喜んだが、謙信は絶対に三成とのことをうやむやにしたまま桃を正室に迎えはしないだろう。

白黒つかないことは特に嫌い、決着をつけたがる熱い気性の持ち主だ。


「そうですか…それは殿もお喜びになられます」


――幸村の心情も複雑だったが、桃が越後に残ってくれるのなら、傍に居られる。

桃のためなら、一騎当千以上の働きをしてみせる。


「あれ、嬉しいことを言ってくれるね」


軍議のために席を外したはずの謙信の声がして声の方を振り向くと、隣に座った謙信が桃に優しく諭した。


「三成の所へ行っておいで。私は君たちの話の決着がつくのを待っているから」


「謙信さん…でも…」


「どっちつかずはもうやめよう。三成とのことをしっかり終わらせてほしい」


――まだ話したくない。

だけど…三成の手は離さなければならない。


「…うん、わかった」


何とか返事を振り絞った。
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