優しい手①~戦国:石田三成~【完】
皆が慌ただしく動き回り、どうしても謙信の所へ行きたいと思った桃が大広間へ脚を運ぶと…


そこには、銀色の甲冑を前に佇む謙信の姿が在った。


「謙信公」


「ああ、どうしたの?」


――身に着けているのは籠手と具足のみ。

白装束に身を包み、肝心の甲冑を身に着けていない。兜さえも。


「甲冑は着ぬのか?」


「うん、必要ない。私に刀も矢も浴びせることはできないから」


――何たる自信。

武田信玄との戦を前にその居住まいは静けさに満ちていて、桃が一歩進み出た。


「謙信さん…川中島の戦いってね…」


「ああ、言わなくてもいいよ。桃、何事も史実通りに行くわけではないと私は思うんだ。信玄は私に会いに川中島へやって来るんだ」


大広間の隅には拳を握りしめた幸村が立っていた。


紅色の甲冑を見に着け、心苦しそうに唇を噛み締めながら、何かに耐えているような顔をしている。


「幸村、そなたの前の主君は信玄だったな。…平気なのか?」


「…平気なはずが……っ」


「ゆ、幸村さん…」


幸村の声のした方へ桃が身体の向きを変えると、桃が近付くよりも早く幸村が桃の前で片膝を折って、そっと手を握った。


「…行って参ります。この真田幸村、上杉謙信公の勝利のため、全身全霊で戦って参ります」


『幸村よ、儂はもうすぐ死ぬ。そなたは、上杉謙信を頼れ』


そう言って無理矢理甲斐を出され、流れ着いた越後国。


最初は反発したが、謙信から時に強く、時に優しく諭され、受け入れられて、彼のために戦うことは当たり前になっていたが…


甲斐を、攻めれるのか?

信玄を前に…何と声をかければいいのか?


ぐるぐると頭の中を駆け巡るが、答えは出て来ない。


「幸村さん…」


「幸村、君は戦わなくていい。だけど私の傍に居て。いいね?」


「…はっ」


――三成が外を見ると階下には『毘』の旗印がはためき、兵たちが鬨の声を上げていた。


士気はもう十分に高まっている。

後は皆、謙信の号令を待っている。


「行こうか、川中島へ」


謙信が桃を見ることはなかった。
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