優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信たちが準備をしている間、桃はあちこちの部屋をちょこまか見て回っていた。


意固地に“正室も側室も取らない”と言っていた謙信が見初めて連れてきた女子――

信玄との戦いにおいて、この女子は“夜叉姫”と呼ばれ、一般の兵たちに尊敬されるまでになっている。
皆が興味津々だ。


「広いなー、秀吉さんのお城もすごいけど、謙信さんのお城の方が綺麗かなー」


…秀吉?

皆が首を傾げ、そして桃は目が合うとにこりと笑いかけて、皆が目を逸らす。


視線を気にしつつも庭を歩いていると、桃の姿が目に入ったクロがまた厩番の男を引きずりながら突進してきた。


「クロちゃん、お出かけしよっか!」


「ぶるるん!」


ひらりと馬に乗ってまた皆を驚かせて、あれよあれよと人だかりができて、その中をかき分けながら謙信と三成、兼続がやって来る。


「こら、先走りしちゃ駄目だよ。じゃあ、桃と三成がクロに乗っていいよ」


「…貴公はいいのか?」


「うん、私は昨晩桃と朝まで一緒に居たから譲ってあげるよ」


「…朝まで…一緒だったのか?」


聞き返した三成の怪訝そうな顔を見て、謙信は一瞬きょとんとなると、ふっと苦笑して愛馬に乗った。


「そっか、そういうことになってるんだね。今のは聞かなかったことにして。私は昨晩一人で寝たよ。桃もね」


…腸が煮えくり返りそうな思いになり、桃に嘘をつかれたことにも腹が立ったし、

謙信がさも“自分が優位だ”と言っているようでむしゃくしゃして、乱暴に桃の後ろに乗り込むと思いきりクロの腹を蹴って走り出す。


「もうっ、三成さん!クロちゃん今の痛かったと思うよ!?」


「これは軍馬だ。これしきでは痛くも痒くもない」


ついイライラが声に出て、桃が心配そうな顔をして振り返り、見上げてくる。

視線に気付いていながらも優しくできない三成は後ろをついて来る謙信と兼続の存在を完全に無視して、城下町へと乗り込んだ。


――いきなり現れた謙信一行に、街の人々は仰天しながら皆膝をつき、頭を下げた。


「ああ、私はただ探し物をしに来ただけだから皆普通の生活をしていいんだよ」


笑顔でそう言い、人々はまた謙信を好きになる。
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