優しい手①~戦国:石田三成~【完】
はっとなって、むき出しの毘沙門堂の中から聴こえる声に耳を澄ませた。


…声が…聴こえた。


「桃、姫…」


唸り声のような声を上げて今にも中へ飛び込んでいきそうになる三成の腕を無理矢理掴んで止めて、諭した。


「桃姫は殿のご正室となるお方!三成殿には止める筋合いはござらん!」


「…っ!だが、声が…!」


「夫婦の約束を交わした者が契って何がおかしいのですか?…どうかお察しを!」


――今もなお聴こえてくる桃の高い鳴き声――

自分が鳴き声を上げさせるならともかく、その記憶すら今も戻っていない。


…思いきり拳を梁に叩き付けて、歯ぎしりの音が聞こえそうな程に噛み締めて、耳を塞いだ。


「三成殿、ここから去った方が…」


「俺は…ここから離れぬ!」


謙信とは極力2人きりにさせたくない。

…2人きりになってほしくない。


「三成殿…」


幸村の初恋の相手は、桃。

最初出会った時から一目ぼれだったが、謙信が桃を我が手にするために越後から尾張へと向かう先駆けとして遣わされた幸村には、為す術は最初からなかった。


そして桃と三成は…惹かれ合っていた。


――今となっては謙信が優勢で、三成は劣勢に立たされている。

全ては記憶を失ったため。

それが、悔やまれる。


「桃…!」


拳から血が滴った。

幸村が手を伸ばそうとした時――


「…三成さん?その手…どうしたの!?」


「…桃姫…」


ちゃんと打掛を着た桃が驚きながら真っ赤になっている三成の右の拳を両手で包み込み、痛そうに顔を歪めた。


「手当しなきゃ!えと、お薬…」


「拙者がお持ちいたします。三成殿と桃姫はどうぞお部屋でお待ちください」


「幸村さんありがとう」


…たったその一言が嬉しくて、尻尾を振り回さんばかりの勢いで居なくなった幸村と、のんびりとお堂から出て来た謙信と、横目で謙信を睨みつける三成。


そして、怪我を心配する桃。


「私も怪我してみようかなあ」


「駄目!冷やさなきゃ…」


桃が手を引く。

手を繋いでくれる。


嬉しくなって、俯いた。
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