優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信が軽装の装いで兼続、三成と共に中庭へ降りるとすでに幸村が馬を引いてきていて、桃がクロの鼻面を押さえて何かを言い聞かせていた。


「クロちゃんごめんね…もうクロちゃんには乗れないの。クロちゃんのご主人様は三成さんなんだから、これからも三成さんの言うことちゃんと聞くんだよ」


納得できない、と言わんばかりに鼻を鳴らして首を振るクロは桃を背中に乗せたいばかりに後ろ足だけで大きく立ち上がって興奮してみせたが…


三成はその桃の言葉を聞いて感情を押し殺してしまおうと、震える息を吐いていた。


「クロ、桃の言う通りだよ。君はもうその背に桃を乗せることはない。だけど今のうちに沢山可愛がってもらうといい」


謙信は馬と対話ができる。

クロの鬣を撫でて額を撫でてやると悲しそうな声で嘶き、桃の傍からは離れようとしなかったが…幾分か落ち着いた。


「桃はこっちへおいで。2人乗りしよう」


「うんっ」


謙信の黒褐色の愛馬が嬉しそうに鼻を鳴らし、桃と謙信を乗せると、兼続、幸村も続いた。

三成は…走り出した謙信たちの背を見送りながら、クロに言い聞かせた。


「…謙信の言うとおりだ。此度の戦が終われば尾張へ戻る。それまでは…可愛がってもらえ」


言い聞かせてクロに騎乗すると、あっという間に謙信たちに並んでしまい、気まずい思いになったが…桃の声は明るかった。


「三成さん、後でクロちゃんのご飯の配合とか教えるから幸村さんから聞いておいてね」


「…ああ、わかった」


――直接俺に言えばいいのに。

そう思ったが、秋風に吹かれる桃の黒髪や大きな黒瞳…セーラー服姿で長いすんなりとした手足を見る機会ももう少ないのかと思ったら…いつも以上に桃を熱心に見つめてしまって、謙信に鐙を蹴られた。


「もしかして私の姫を見てるのかな?」


「…見る位構わないだろう?それ位…」


「見ないで。三成さんも早くお園さんと復縁して、そして私たちと一緒にどこかへ出かけたりできればいいね」


桃が笑顔でそう言って来て、絶叫してしまいそうになる。


“俺が愛しているのは、そなただけだ”!と。


もう、その声は届かない。

聞き入れてもらえない。
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