優しい手①~戦国:石田三成~【完】
“謙信公が訓練の下見に来ている”


約2千もの兵がその時平地で弓や槍、刀や隊列の訓練をしていたのだが、謙信が兼続たちと共に高台で見学していることに気付いた兵たちから次々と声が上がる。


「謙信公!」


「夜叉姫!」


同じ馬に乗っているのは、謙信の正室となる夜叉姫こと桃の姿。

共に川中島へ従軍していた兵たちが多かったので、戦場で桃の姿を見ていた者も多く、次々と声が上がる。


「下に下りてきていい?私も練習したいな」


「じゃあ一緒に行こう。あんまりお転婆しないようにね」


「お転婆なんかしてないもんっ」


2人が笑い合い、いつもの冷静さを取り戻すことができない三成は明らかに不満げな表情をしていて、それには桃も気付いてはいたが…もう、終わったこと。


そのまま言葉を交わさず緩やかな坂を下り、弓班に合流すると、馬から降りて親しげに兵長に話しかけた。


「私にも弓を貸して下さい。…邪魔になっちゃうかな…」


「そ、そのようなことはございません!どうぞこちらを」


恭しく弓矢を渡されて桃が手に取ると、遠くに設置されてある丸い的に向かって弓を絞る。


「やっぱり弓道のとは違うなあ。難しいけど……えいっ」


力いっぱい弓を絞って放った矢は見事に真ん中に命中して、見守っていた兵たちから拍手喝さいが巻き起こる。


「桃にはちょっとその弓は大きいかもね。後で特注で作らせよう。使う機会はないと思うけど」


「ううん、これからは私…戦について行くよ。謙信さんがよければ、だけど」


上目遣いで謙信にお伺いを立てると、空を見上げてちょっと考え込むような顔をして、肩を抱いてきた。


「小さな戦位ならいいかな。弓がもっと上達すればの話だけどね」


「頑張る!私…守られてばかりなのはいやだから。頑張るね!」


にこっと微笑みあう2人の仲睦まじさに兵たちは頬を緩めたが…三成には耐えられない光景だった。


別れを決めたのに、以前よりもいっそう桃の存在が大きくなっていて、桃の腕を引っ張って謙信から無理矢理離れさせた。


「な、三成さ…」


「離れろ。…矢が飛んできたらどうする」


言い訳を作って、桃に触れる。
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