優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「あ、あの…これ…ごめんなさい」


朝起きた時謙信の羽織を握りしめていたままなことに気付いて、お堂に向かおうとしていた謙信に手渡すと、努めて明るく笑いかけた。


「おはよう謙信さん!」


「うん、おはよう桃」


にこ、と笑いかけてくれて、それだけで…元気が出た。


「行ってきます!」


「どこに行くの?」


「走りに行くの!」


――それから桃は毎日、朝と晩に走るようになっていた。


目的は…くたくたに身体を疲れさせて、何も考えずに眠るようにするため。


同伴は…三成と幸村がしてくれた。


クロに跨って掛け声をかけてくれて、兵たちの訓練所で走って、

そしていつしか桃について走る兵も多数現れて、兵長たちから“戦に対する兵の積極性と体力が増した”と敬われ、


「私にできることはこれくらいしかないから」


と言って笑い、兵たちを和ませた。


…謙信は、正室に娶るのをやめたことを、家臣たちにも伝えていなかった。


それでいい、と思った。

兵たちのやる気が減ってしまうから。

だから桃も、何も言わなかった。


そして城に戻ると、仙桃院や連泊している利休から茶や花を嗜んで、一切合切―謙信のことを考えずに済むように努める。


――だが、眠れない夜もある。


「ひゃっ」


外は豪雨と雷鳴。

稲光の度に、耳を塞いで轟音に身体を丸くして布団を被り、やり過ごそうとしても無意味で…


「も、やだ…、三成さん…」


ただそこまで行きつけるかどうか。

もし…もしも幽霊と出会ってしまったら?


「やだぁ、絶対無理だよ…」


泣きじゃくりそうになった時――


「雷が怖いの?意外とおしとやかさんだね」


「…謙信さん…」


久々に朝の挨拶以外の言葉を交わして、入り口で立っていた謙信が傍らに腰を下ろし、口角を少し上げて笑って…手を握ってくれた。


「傍に居てあげる。それとも…三成の方がいい?呼んで来ようか?」


「…ううん、謙信さんに傍に居て欲しい…」


――桃は知らない。

毎日毎夜、謙信が寝顔を見に部屋を訪れていることを――
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