優しい手①~戦国:石田三成~【完】
普段はのほほんとしていて周りをはらはらさせてしまう男だが、今…信長と対峙している謙信は、軍神そのものだった。


身体からはオーラが立ち上り、桃は信長のことよりも謙信が気にかかり、何度も身を乗り出して三成から注意を受けた。


「桃、動くな」


「だって謙信さん…背中しか見えないけど…すごく怒ってる気がする…」


陽光を受け止めたかのように光る刀は神聖で、桃は大きな声で謙信にエールを送った。


「謙信さん!頑張って!」


「ありがとう。すぐ済むからね、待っていて」


――それを聴いた信長は、謙信の背後にずらりと控える錚々たる顔ぶれを見てぎりりと歯を食いしばり、蔑むような笑みを浮かべると間合いを図りながら謙信に馬を寄せた。


「猿…儂をよくも裏切ったな。今まで傍に置いてやった恩を忘れたか」


「殿…儂は戦に疲れたんじゃ。それに殿が良き世を作れるようにも思えんくなった。天命は尽きたんじゃ。天下はこの上杉謙信公が治めた方が…」


「たわけが!儂が天下を制さずして誰がこの国を強くする!?儂しか居らぬ!猿は所詮猿だったな、見損なったぞ」


今まで信長に尽くしてきた秀吉はそう蔑まれても表情を変えず、信長を目前にしながらも瞳を閉じて呼吸を整えている謙信に絶大なる信頼を寄せて首を振った。


「儂らは皆謙信公を頼った者たち。呼び寄せられたのではなく、自ら傘下に入った。殿はどうじゃった?力で捻じ伏せ、無理矢理傘下に入れたんじゃろ?その違いじゃ」


政宗、幸村、元親、左近らが顔を見合わせ強く頷き合った。


若干頼りないが、いざとなれば鬼気迫る戦いぶりを見せる謙信を頼ったのは間違いではない。

力を貸し、だが力を求めず、この世を和平に導くのはこの男――

誰もがそう信じている。


「あんまり褒められると照れるんだけど」


「照れるな。しっかり前を向け」


三成に叱られて肩を竦めながら瞳を開いた謙信は、逸る愛馬の鬣を撫でながら旧友に問うように話しかけた。


「ねえ、石を持って来てる?君のことだから持ってきていると思うけど」


「桃の親御から奪った指輪と石か。それならここにある」


懐から欠けた石を取り出した。
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