優しい手①~戦国:石田三成~【完】
信長の執念はここからが本番だった。


首が落ちたというのに刀を鞘に収めた謙信を睨みつけ、毒づいた。


「謙信、何故刀を収めた!?さあ、行くぞ、構えろ!」


「そう言ったって…君の身体はあっちにあるんだけど」


「何…!?」


地に落ちた信長の首が振り返れるはずもなく、その代わりに頭を失った身体は驚くべきことにふらふらと前進し、首だけの信長の前を通り過ぎた。

…刀を握ったまま。


信長は眉をひそめ、謙信は信長の前で腰をかがめ、まるで野に咲いた花を見るような瞳で笑いかけた。


「終わったんだよ。君は今から地獄へ落ちる。ひとりで逝くのは悲しいだろうから、一緒に地獄までついて行ってくれる人を用意してあげるよ」


「儂は死なぬ!儂の身体よ、戻って来い!こっちだ!」


――信長の妄執は凄まじく、首だけになっても謙信と会話を続ける信長の姿に恐怖を覚えた桃が身を竦ませていると、真横から殺気づいた声がかかった。



「桃姫、信長様の花嫁として共に地獄へ来て頂く!」


「!?きゃ…っ!」


「桃!」



それは三成が待っていた瞬間だった。

必ず信長の傍に居るはずの蘭丸の姿がなく、謙信が信長と戦っている間そちらをほとんど見ることもなく注意深く周りを固める兵たちに目を凝らし、見つけたのは…上杉軍の甲冑を身につけた蘭丸だった。


桃の足首を掴んで馬から引きずりおろし、懐刀を桃の首に突きつけた時ようやく周囲に居た政宗たちが異変に気付き、声を上げた時――


三成の一閃が閃き、蘭丸の首がゆっくりとずれ、桃の目を大きな手で覆った三成は血しぶきを浴びないように後方へ飛び退り、蘭丸の身体は信長と同じように数歩前進し、膝から崩れ落ちた。


「み、三成さ…っ」


「見るな。謙信の傍へ行け」


そして謙信はそれを見届けるとまた信長に目を遣って笑いかけ、まだ歩き続ける身体を指差した。


「君の花嫁は蘭丸だ。さあ、もう逝くといい。獄卒たちがどうやって君を料理しようか手ぐすね引いて待っているはずだよ」


「儂は死なぬ!儂は…」


言い募ろうとした時、信長の口が閉じた。


そして一心に見つめる先には…清野が立っていた。
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