優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信しか入れない聖域に特別に入れてもらえる優越感…

無いと言えば嘘になるし、有ると言えば少し違う気もするが…

三成にもこのお堂の中に入ってもらいたいと思うこともあるが、謙信がそれを自ら口にするまでは言わないでおこうと決めていた。


―――久々に厳格でいて強面の毘沙門天像を座禅をして見上げていると、隣の謙信から低くてやわらかくい声でお経が読まれ、それを聴いているうちに吸い込まれるような感覚になり、身体がふらついた。


「おっと、大丈夫かい?貧血なら横になっていた方が…」


「ううん、大丈夫。いつものやつだから」


いつか謙信と見た極楽の世界――

いかに謙信が平和を求め、戦を嫌っているのか…ここに居ればわかるし、謙信の息遣いや香の匂いはいつも桃を落ち着かせてくれる。


「よし、今日はこの辺にしておこうか。随分長い間祈ってたみたいだけど、何を祈っていたの?」


「私?んーと、“この時代に飛ばしてくれてありがとう”って言ったの。“三成さんと謙信さんに出会わせてくれてありがとう”ってお礼を言ったの」


にこーと笑った桃に微笑を返した謙信は着ていた濃紺の羽織を脱いで桃の肩にかけると頬を撫で、毘沙門天像を仰いだ。


「そうだね、君が来たことで何もかもが変わったよ。これで私と君の悲恋の螺旋は絶たれた。…と思ってもいいのかな?」


「うん、多分。でも私ね、謙信さんと会う前に三成さんに惹かれてたの。今でもなんだけど…怒る?」


「怒らないよ。まあ私たちはいい男だから悩むのもわかるからね。さあ行こうか、皆で朝餉を食べよう」


「うん!」


お堂を出ると笑顔溢れる幸村がすぐ声をかけてきて膝を折った。


「殿!桃姫!」


「幸村さんおはよ!なんかやっぱりここに居ると安心できるね。茶々さんたちは?」


「まだお部屋に居られます。桃姫…この城にてお暮しになられる決意をして頂き、拙者は…拙者は感無量で…!」


「こらこら朝から暑苦しいよ。君にはまだ気を緩めてほしくないからしっかりね」


「はっ!御意!」


謙信と幸村の手を握った桃が鼻歌を唄いながら上座のある大広間に向かい、晴天の大空を見上げた。


ここで生きてゆくのだ。

結論が出るまで、ゆっくり考えよう。
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