優しい手①~戦国:石田三成~【完】
徳利を傾けてくる兼続に三成が鋭い眼差しで見つめる中…兼続は三成より先に盃を呷ると盛大に息を吐いた。


「美味い!そなたの屋敷は住み心地が良いな!」


謙信を心酔する兼続が罠を仕掛けに来たこと位とっくに気付いている三成は、同じように酒を口にすると先制にかかる。


「桃は渡せぬ。逗留は受け入れたが手ぶらで帰るよう伝えろ」


「これは相変わらず手厳しいな!だがなあ、殿は言って納得するようなお方ではないし…それに珍しく積極的なのだ」


ものすごいペースで飲み続ける豪快なる兼続に思わず笑いを誘われた三成は酒を注いでやった。


「謙信は毘沙門天の天啓だと言っていたが…仏など存在するのか?」


「三成よ…それだけは殿の御前で言ってはならぬぞ。出家をも考えておいでなのだ、殿は常に仏と共に居わす」


――三成はまだ桃から何も聞いてはいない。


…義に溢れる兼続は、親友でもある三成に罠を仕掛けるのをやめた。


腹を割って話し、三成との全面対決を避けるために、奮起を呼び起こすようにしてまた豪快に酒を呷るとずずいと近付く。


「一度姫を越後へと迎え入れたい。なに、悪いようにはせぬ。姫の探すものが越後にあるのだ」


「…なに」


「後は姫から直接聞け。俺はそなたとの絆を壊したくもなければ殿も裏切れぬ。戦になどならぬように尽力する故、そなたがどう出るか決めろ」


いつになく真剣な顔つきだったので、一度盃を合わせると二人で一気に飲んだ。


「出家か、謙信が天下取りから退くのは歓迎だが、我が尾張の味方とはなれんのか?」


「いやはや、殿は戦に興味がないのでな、お味方もできぬ。それに俺は…殿が坊主頭になるのだけは避けたい!せっかく麗しきお顔なのに…」


長々と謙信自慢が始まってしまい、三成は半分聞き流しながら盃を傾けて思案する。


越後…

冬は雪に閉ざされた天然の堅牢になり、金銀財宝の湧き出る恵まれた土地。


…秀吉も虎視眈々と狙っている地でもある。


謙信の近くに桃をやってしまえば、あっという間にものにされてしまうだろう。


だが尾張から離れられるのか?

…女子一人のために?


――悩ましい夜になった。
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