優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「幸村さん、中に入って来ない?」


そろりと襖が開いて桃は顔だけ出しては微動だにしない幸村を誘った。


「あ、いえ拙者はここで…」


「中に入ってお話しようよ」


――女子と二人きりになるという経験を滅多に持たないこの戦馬鹿は、赤くなりつつも部屋へと脚を踏み入れた。


「…香ですか?」


「あ、匂う?香水なの。あんまり残ってないから沢山使えないんだけどね」


膝を抱えて座っている桃の隣には、三成の刀が置かれていた。

…武将が刀を手放すなど持っての他の時代なので、驚きながら顔を近付ける。


「それは三成殿の…」


「うん、謙信さんが来たらこれで斬れって言われたけどできるわけないじゃんね」


小さく笑った桃の可憐な笑顔にぽーっとなりつつも、幸村は咳払いしながら背筋を正す。


「桃姫、越後行きはご決断されたのですか?どうか殿に惑わされずご自身でご決断をされますように」


「でもお父さんたちには会いたいし…きっと心細い思いをしてるはずだもん」


ずずい、と近付いてきた桃に、幸村は一歩座ったまま後ずさりながらかくかくと頷いた。


「も、もちろん拙者もそう思いますが…。三成殿は何と?」


「わかんない。出て行っちゃったし…あ、私お茶でも淹れてくるね!」


そう言って立ち上がろうとした時、


浴衣の裾をつま先で踏んでしまった桃はよろけて幸村の方へと倒れ込んだ。


ぐにゃっ。


「!」


「わっ、ごめんね幸村さん!」


――薄い浴衣から伝わって来た桃の胸の感触に幸村は硬直する。


「も、もももも桃姫…!」


危うく押し倒しそうになりかけた時、襖越しに朗々とした声が響く。


「おぬし何故桃姫のお部屋の中に居るのだ?三成に言いつけるぞ!」


「か、兼続殿!これにはわけが…」


一気に襖が開き、桃が茫然としていると朗らかに笑った兼続は腰に手を当てながら自信満々に言ってのけた。


「そなたがこの部屋に居座るならば我らもそうさせてもらう!殿をお呼びしてくる故それまで神妙に致すように!」


…まるで悪さをしようとしていたのを看破されたかのような発言に、脱力した。
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