契約恋愛~思い出に溺れて~
今は新幹線が構内に入ってくるのを待っているところだ。
ホームには涼しい風が入ってきて、春だというのに身震いがする。
「紗彩、これ持ってて」
「何?」
「手紙」
クリーム色の封筒は、先日見せてくれた母親からの手紙だ。
「なんて返事したの?」
「……今年は会いに行くって、それだけ」
どこか照れ臭そうにそっぽを向いて、彼は紗優を連れておやつを買いに行く。
私はクスリと笑って、その手紙を鞄にしまった。
彼にとって、母親と会うっていうのは、どれくらいの勇気がいる事なんだろう。
考えないようにしてきた自分の気持ちと向き合う。
その時彼が感じる感情は、どんなものなんだろう。
怒り?
恐れ?
それとも、喜び?
私には想像がつかない。
おそらく、彼自身もそうなんだろう。
だからこそ、私や紗優を一緒に連れて行ってくれるんだろうと思う。
今は、英治くんは一人じゃないから。
私や紗優が傍にいる。
それはほんの少しでも、彼の支えになるはずだ。