四竜帝の大陸【青の大陸編】
薬草園から北門へ向かった林の中。
りこは蹲っていた。

「りこ」

我は膝を付いてりこを引き寄せ、胸に抱いた。
りこの身体からは。
雄……人間の男の臭いがした。

「……っ」

触れた。
我のりこに。
我以外の男が、触れたのだ。
穢れた血の付いた、薄汚い手で。

怒りに脊髄を焼かれながらも、耐えた。
りこが震えている。 
顔を上げることすら出来ぬほど、憔悴していた。 
制裁は後回しだ。
 
りこの身体に何がおこったのか。
我の腕の中で、意識が朦朧としているようで。
震えは止まったが、全身の力が抜けていた。
体調の変異を確認するため、唾液を採取しようと。
小さな顔に手を添えた。

「りこ、どうし……なっ?! りこ、りこ!」

我の大切な、大切なりこ。
その左頬が。

赤く、腫れていた。

「りこ!」

血の気の引いた、白い顔。
なのに、頬は赤く。

「ば……ば、かな。わ、我の……り、りこに」

先ほど。
我との会話の途中で。
急に、顔を……頬を染めたりこは。
とても、愛らしく。
とても、綺麗だった。

その。
柔らかな頬を。
打ったのか。

我の宝に。
手を上げたのか!?

華奢で、可憐な我の花。
不用意に触れれば、簡単に折れてしまうのに……散ってしまうのに!

「……っ」

怒りを超える哀しみが。
我を飲み込む。

りこの小さな顔に。
我の涙が、降り注ぐ。

白い頬に。
赤く腫れた痛ましい頬に。 
柔らかで甘い唇に。
止められぬ、溢れる涙が。

胸が。
痛い。

りこ。
怖い。

我は、怖い。
腫れた頬が。
我に、突きつける真実は。

いまだ逃れられぬ、りこの死。
その、可能性。

哀しみを超える恐怖が。
我を喰らい尽くす。

りこ。
我は、怖い。

怖い。



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