四竜帝の大陸【青の大陸編】
「そいつ、殺しとかなくていいの?」

パスハリスは俺が<基点>の処理だけで終わらせたことに、不満げな声をあげた。

「……つがいに害を加えた者に報復する権利は、夫のもんだ。こいつは旦那の獲物なんだよ。もう、お前らの玩具じゃねぇんだ」

北棟に地下室の床に縫い付けられた術士は、薬が効いて……ったく、暢気に寝てやがるなぁ。
こいつに待つのは。
世界最強竜……最凶最悪の男の復讐だ。
つがいを……大切な妻に触れられたうえに傷つけられた蜜月期中の雄竜の怒りは、人間の想像以上のものだ。
しかも、この術士が怒らせたのはあの旦那だ。
旦那を本気で怒らせた者は、今まで1人も居なかった。
基本的に旦那は物事に無関心で、感情も動かない。
……以前は、な。
姫さんを得て、旦那は変わった。
<感情>を知って……泣いて、怒って、微笑むことも出来るようになったんだ。
あの人は変わった。
ある意味。
この術士は人類史上、英雄なのか?
あの<監視者>に喧嘩を吹っかけたというか……ま、故意じゃねえが結果的にというか。

「ねえねえ、ダルフェ。僕達、どうなるの? ヴェルヴァイド様にぼこられちゃうかな? あ、でも最初にやられんのはこの術士か! その間に逃げ……逃げ切るなんて無理だよね~、ううっどうしようー! 母様、父様。先立つ不幸を許して~!」

あわあわと喚くパスハリスとは対照的に。
年下のオフランは翡翠のような眼を細め、言う。

「パスは本当に低脳だな。ダルフェが言ったのをちゃんと聞いて……聞いてても、理解出来なかったのか。なら、仕方ない。生き延びる術は、ただ1つ! つまり、奥方様に取り入るんだ。一刻一秒も早くな」

俺は自信満々に言い切った餓鬼の薄茶の髪を持つ頭に、拳骨を落とした。

「……痛いです、ダルフェ」
「てめえは、まったく……。しかしまぁ、その案が確実で手っ取り早いかぁ。魔女閣下もその手で旦那を抑えて、やりたい放題してたしなぁ。姫さんの優しい心に付け込むみたいで、俺は嫌なんだが……カイユも怒りそうだなぁ」

俺の言葉に、2人はすばやく反応した。

「カ、カイユさんがなんで怒るのっ? あのカイユさんが怒る……ぎゃあああー! 想像したくないようぉ!」

パスハリスは無造作に編んだ金茶の髪を両手でかき乱し、叫んだ。
パスハリスより年下で、頭1つ分背の低いオフランは一言。

「地獄絵図」

と、小さな声で呟いた。 
こいつ等、俺は呼び捨てでハニーは‘さん’なんだよなぁ~。
ま、いいけどね。


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