四竜帝の大陸【青の大陸編】

63

猟犬共を市街に向かわせ、我は北棟の地下室へと転移した。
 
「……これか」

北棟の地下室に転がる術士は<基点>に短剣を深々と刺され、床に縫い付けられていた。
簡素な木製の柄のそれは、術士の肉だけでなく石の床までも貫いている。
世情に疎い我ですら、一目で量販品だと分かる粗悪な短剣。
混じり物だらけの鋼で作られた柔な刃で、こんなまねが出来る器用な竜騎士は……<基点>を見出し、処理したのはダルフェだな。
極めて単純な作業だが、此処まで正確無比に<基点>を貫くことは熟練の技がいる。
りこを喜ばせる料理から<基点>の処理までこなすとは……ああ、奴は裁縫も得意のようだったな。
つまり。
器用……刃物の扱いに長けているという事か。

<赤>と。
ブランジェーヌと同様に。

「……醜いな」

自らの血液と吐瀉物にまみれ、異臭を放つ物体。
人間。
人間?
この醜い物体が、我のりこと同じ種だと?
有り得んな。

却下だ。

これは蛆虫に決定だ。
黄の大陸に生息する大型の蝿の子と、同じような胴回りをしておるしな。

「起きろ蛆虫」

我は<基点>の短剣と投与された薬剤を体内から術式で抜き、床に捨てた。
同時に、絶叫が響き渡る。

「ぎぎぃ……ぐぎゃあああああぁぁ!!」

蛆虫が石の床を激しく転げ回る。
その様はまさに、腐肉から転げ出た蛆虫そのものだった。
術式でわざと‘適当’に薬剤を転移させたので、他のものも付随していたのだろう。
小さじ1杯程度であるはずの薬剤だが、床に広がったそれらは面積だけでなく体積もあった。
耳障りな奇声を発し、のた打ち回る蛆虫は未だ我の存在に気づかない。
転げ回り、我の足元に自ら移動してきた。
我は左足で蛆虫を踏みつけ、固定した。
力をこめたつもりは全く無かったが、肋骨他を粉砕したようだった。
その感触は、何故か。
りこが可愛らしい前歯で焼き菓子を噛む時の、さくりとした音を思い出させた。
りこが食物を摂取する光景を思うと、恍惚感すら沸いてくる。
ああ、我も焼き菓子やカチの実のように。
柔らかな唇で銜えられ、あの小さな歯に再び指を食まれたい。

「う、うひぃっ! か、か、かんしっ!?」

意識を取り戻した術士が靴底で騒ぎたて、支店での‘がじがじ’を思い出していた我の思考を中断させた。

「うるさいぞ、黙れ蛆虫」
 
我の一言で蛆虫は静かになり、今度は震えだした。
奇声を発しつつ転げ回り、騒ぎ立て、震えるとは。
 
「……随分と元気だな」

不公平ではないか?
貴様のせいで、りこは体調を崩したのだぞ?
薬剤と共に臓腑の一部を千切り取っても、このように動けるとは……予想外に丈夫な蛆だ。
ふむ。
極僅かだが、武人の能力も兼ね備えておる。
これは、不公平決定だな。




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