四竜帝の大陸【青の大陸編】
「竜族などという原始的な生き物の住処では、奥方様もさぞご苦労されているのではございませんか?」
「……」
「大蜥蜴共になど貴方様の大切な奥方様のお世話を、お任せなされますな。そのお役目、ぜひ我らペルドリヌに賜りますよう。我らは異界の姫を<女神>としてここへお迎えいたしたく……」

この豚は良く喋る豚だった。

「……」

術士こそが選ばれた存在だという選民思想は、あの女には無かった。
80年に満たぬ短い期間で次々と教主が変わり、自分達の利益になる教義を増やしたのだろう。

「このぺルドリヌは歴史も浅く、国土も広いとは言えませんが術士を他国に貸し出すことで莫大な富を得ており、奥方様には王侯貴族以上の贅をご用意することが出来ます。選ばれし民の国こそ、貴方様に相応しいのです! わが国には、世界を統べる<監視者>様の手足となる優秀な術士が揃っております。我らと貴方様で無能なる旧人類を排除し、人の皮を被るおぞましい大蜥蜴共を一掃し、新たな世界を……ひぃっ!!」

我は腕を伸ばし、教主の法衣で右手を拭った。
豚の話には興味が無かった。
我は蛆虫の時と同じく、豚と会話を楽しむ趣味は無いのだ。
豚の陳腐な野望より、手袋の汚れの方が気になっていた。
脳やらなにやらで酷く汚れていたので、近くにあった布……教主の白い法衣を使った。

「……」

汚い。
白かった手袋は、非常に汚れてしまった。
汚い、なんと汚い。
汚いのは、嫌だ。
我は綺麗でいたい。
りこが洗ってくれているこの身体を、汚したくない。

「……落ちんな」

蛆の肉は染みとなり、白かったそれは赤茶に変色してしまった。
内側に滲みてこなかったのが、せめてもの救いだな。

「汚れは、落ちんのだな」

いくら拭いても我の手は、けっして……本当の意味では綺麗になれはしないと分かっていても。
りこの前では、綺麗でいたい。

「か、か、かんっし……さ、ま?!」

りこに触れるこの手は、貴女が好きだと言ってくれた冷たいこの手は。
どんな高価な石鹸で洗ったとしても。

「豚よ、礼を言う」

毎晩風呂で、りこが一本一本丁寧に洗ってくれても。

「お前等のおかげで、我は思い知った」

柔らかであたたかな貴女の手で、指で……我の全身を優しく、優しく擦ってくれても。
我の‘穢れ’は落ちはしないのだ。

「我は<ヴェルヴァイド>なのだ」

人間は『神』を欲し。
『神』だけで足りず、『魔』も欲す。

『神』は人からは遠く、目に見えぬが。
『魔』は人に近く、誰もがその存在を内に秘めている。
それに形を与えることで、内なる『魔』から眼を逸らす。

人は我に‘それ’を望み、‘そう’あるよう願うのだ。

冷酷なる魔王。
白金の悪魔。
氷の帝王。

世界の【闇】は、我の中。



 
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