四竜帝の大陸【青の大陸編】

76

我が塔で観賞したものは。
夕陽ではなく、りこだった。
手を繋ぎ、我の横に立ったりこだった。

さらに正確に言うならば。
我が見ていたのは、りこの目玉だ。

塔は城の建つ小島の端にあり、狭い露台は湖に迫り出すように造られていた。
染められた空と、それを映す湖。

朱を纏う黄金。
紫と混じりあう薄紅。
揺らぐ陽と輝く湖面。

言葉も無くそれらを見つめるりこの眼に、我は見惚れていた。
視線の動きに合わせ、夕陽に染まった世界が金の眼の中で形を変え色を変え。
まるで、万華鏡のように。
華やかに煌めき、生まれて……消える。

一瞬一瞬。
刹那の美しさ。

美しい。
そう思った。 

“美しい”という、その言葉は知っていた。
意味も分かっていた。
だが、我は美しいなどという想いを持ったことが無かった……りこに会うまでは。

咲誇る花は盛りを過ぎれば散り、鮮やかな葉を持つ木々もいつかは枯れて朽ちる。
人間共が美しいと讃える女と醜女と蔑む女の違いは、単なる容器の差。
剥いてみれば中身は同じ。
赤い血肉が詰まっているだけだった。
老いれば皺に覆われ、やがて腐って土になる。

花も、木も、獣も。
人間も竜も。
それぞれの生きる道程は違っても、行き着く処は……辿り着く場所は、同じなのだ。
我にとって同じようにしか見えぬそれらに対し、『美しい』という想いなど湧いてこなかった。

空も海も。
陽も月も、輝く星も。
太古から世界にあるそれらを、人間や竜は‘美しい‘と評したが我にはどの部分が‘美しい‘のか分からなかった。
 
ーーふふっ、ハクちゃんの髪も顔も……夕陽に色になってる。

りこが眩しそうに眼を細め、我を見上げて言った。
我が貴女に差し出したこの手は、多くを引き裂きたくさん殺した。

ーー感動しちゃった! 今までこんなにすごいの、見たこと無かったの! とっても綺麗……また来ようね。 
 
我の手は穢れているのに。
繋がれたそこに視線を移し、頬を染め。
嬉しそうに微笑んだ。

ーーそうだな。……美しいな。

答えた我が眼を細めたのは、陽の所為ではない。
りこが眩しかったからだ。
 
貴女のその輝きが。
我の中の闇を、濃いものに変えていく。

ーーりこが望むなら、毎日来ても良いぞ? 

我は言えなかった。
この夕陽を美しいと感じることなど、我には出来なかったことを。
りこと同じようにまた此処へ来たいなどと、我には思うことが出来なかったことを。

真実を告げたなら。
幸せそうに微笑むその表情を、曇らせてしまうのではないかと……また泣かせてしまうような気がした。
この世の美しいもの全てを捧げたいのに、我には‘美しいもの’が分からない。
貴女以外は、美しいと……綺麗だと思ったことが無いのだから。

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