犬と猫…ときどき、君
――今何時だろう……?
ゆっくりと顔を上げた時、出ていた月がだいぶ傾いた気がした。
腕時計に視線を落とせば、泣きすぎたせいか、視界が霞んで目をゴシゴシとこする。
時間は午前二時半。
「戻らないと、また心配かけちゃうよね」
もっと進んでいると思った時計の針は、案外進んでいなくて。一人ぼっちになった丘の上で、そんな言葉を呟いた。
ゆっくりと立ち上がり、もう一度あの星を眺めたけれど、さっきよりもキラキラして見えないのは、きっと春希がここにいないから。
誤魔化すように頭を振って丘を下りると、すっかり待ちくたびれたタクシーの運転手さんが運転席でグーグーと眠っていた。
“トントン”と窓を叩けば、笑ってしまうくらいの勢いで飛び起きる。
「すみません、お待たせしてしまって」
「い、いえ。こちらこそすみません」
慌てた様子でドアを開けた運転手さんは、私を乗せるとギアを一速に入れ、ゆっくりと車を発進させて、春希が待つホテルに向かって走り出した。
「このまま戻ってしまってんいいですか?」
「……え?」
少し走ったところで、運転手さんそう尋ねられ、私はシート沈めていた体を起こし、俯いていた視線を上げた。
「いや、何だか申し訳なくて」
申し訳ない……?
言っている意味が分からず、首を傾げる。
だけど、そんな私に気付く様子もなく、運転手さんは頭をポリポリと掻きながら、言ったんだ。
「貸切で、一日分の料金を頂いているので……たった二十分やそこらの運転だけじゃ申し訳なくて」
「……っ」
春希って、どうしていつもそうなの?
「でも……随分とお待たせしてしまったので」
下を向いて口にした言葉は、自分でも情けなくなるほど小さい。
「いやー、あんなにお願いされたら、いくらでも待ちますよ」
苦笑する運転手さんの言葉に、また泣きそうになった。
「お電話をもらってここ着いたら、夜食とか缶コーヒーとか、いっぱい渡されてしまって。多分、そこのコンビニで買ってくれていたんでしょうねー」
「……」
「それで、どんなに遅くなっても、絶対に待っていて欲しいって。きっと三時前には下りてくるからって、笑いながら言われて」
……春希。
「本当に時間通りだったのに、すっかり寝入ってしまっていて、申し訳ないです」
バツが悪そうに笑った運転手さんに曖昧な笑顔を浮かべた私は、窓に頭をもたげて、再び瞳を閉じた。