犬と猫…ときどき、君
「ここで大丈夫です」
「え? いいんですか?」
「はい。本当にありがとうございました」
運転手さんの言っていた通り、出発して二十分ほど走った頃、見覚えのある景色が目に止まって、そこでタクシーを降りた。
火薬の匂いが微かに残るその場所は、昨日みんなで花火をした公園。
「分かってるんだけどさ……」
ここで逃げたって、今更どうしようもないのは。
だけど、もう少しだけ時間が欲しかった。
明日からはまたいつも通り、あの病院で何事もなかったかのような顔をしながら働かないといけない。
それは覚悟の上で、春希に気持ちを伝えたはずなのに……。
それなのに、キィキィと音を立てるブランコに腰を下ろす私の脳裏に浮かぶのは、あの時の春希の苦しそうな表情。
自分が溜めきれなくなって溢れてしまいそうな気持を、無理やり春希に押し付けた。
それって結局、春希に自分の荷物を背負わせただけ。
「バカだなー……」
もっと冷静になったら、他に方法はあった?
自分の気持ちを、ギュウギュウ押し込めて、どこかに消し去ってしまう方法があったんだろうか。
もーホント、よく分かんないや……。
ゆっくりと空を見上げれば、そこにはやっぱり、うっすらとした帯をのばす天の川。
こんなに綺麗なのに。
「……っ」
今日はやっぱり、どこかおかしい。
こんな事で、こんなところで……。
瞳に映るベガとアルタイル。
それがどんどん滲んで、思わず下を向いてしまった。
耳から離れない、春希の声。
静かに触れた唇の温もりだって、まだこんなに思い出せるのに……。
「……っく」
全部、全部、忘れないといけない。
それなのに、どうやって忘れればいいのか分らないから、だからこんなに苦しいんだ。
漏れ出てしまいそうになる嗚咽を何度も呑み込んで、ゆっくりと深呼吸をする。
大丈夫。
大丈夫だから……。
自分に言い聞かせるように、心の中で何度かそんな言葉をくり返した時だった。
「……何してんの?」
正面からゆっくりと歩いてくるその人の影が、街灯の明かりで長く伸びて、それが私のつま先に届いた辺りでピタリと止まる。
「なんかこんな時間にこんなトコで会うなんて……運命感じちゃうけど、俺だけか」
そしてその人は、笑いながら、そんな言葉を口にした。