犬と猫…ときどき、君


「なに泣いてんの?」

「……」

「まぁ、いくつか心当たりはあるけど。どれだろうな?」

少しおどけたような表情に、私までつられて笑ってしまう。


「今野先生こそ、こんな時間に何してるの?」

「俺? 俺は、買い出しジャンケンで負けて、酒の調達」


「ジャンケン弱いんだよ」と笑って、私の前にしゃがみ込んだその人は、いつもと変わらない様子の今野先生だった。


「どうした?」

その声は、静かな公園の空気を乱すことなく、波紋のように優しく、ゆっくりと、私の心の中に広がっていく。


「春希に振られたの」

「……え?」

私、どうしたんだろう。

ダメだって分ってるのに。


「正確に言うと“振ってもらった”……かな」

自嘲的な笑いを漏らしながら口した言葉は、今野先生の言葉とは正反対で、ザワザワと周りの空気をかき乱す。


「もう辛すぎて、逃げたかったの。全部なかった事にしないと辛くて」


ダメだ。

今野先生だって、困ってるじゃん。

もういい加減やめないと……。


そう思っているのに、どうしようもなく弱った心のままでは、それを止める事なんかできなくて、涙と一緒に、弱音がポロポロと零れ落ちてしまった。


「でも無理だったの……っ」

忘れる事なんて出来そうになくて、それどころか、どんどん好きになる。


「どうして春希の傍から離れたんだろ……っ」

あの時、聡君との距離をもう少し気にしていたら。

あの時、あのサイトからも、松元さんからも逃げないで、ちゃんと春希と向き合っていたら。


こんな風に思うのは、松元さんに春希を取られてしまったと思う悔しさが、心のどこかにあるからなのかな?


分らないけど、もしも無意識のうちに、そんな気持ちが芽生えているのだとしたら……。

本気で、自分が嫌いになってしまいそうだ。

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