犬と猫…ときどき、君


胡桃の言葉に、一瞬息が出来なくなった。

胸が苦しくなって、頭がズキズキと痛む。


わかってた事なのにな……。


胡桃と今野が、いつかこんな風になるんじゃないかって、頭では分かってたはずなのに。


いつの間にか雨が止んで、窓の外から聞こえるのは、小さな虫の声。


俺を真っ直ぐ見据える胡桃の顔が、ブラインドから差し込む月の光に照らされて、その頬に伸ばしてしまいそうになる手をグッと握りしめる。


よかったんだよ、これで。

今野は本当にいい奴だから、胡桃の事だって大切にしてくれるはず。


「そっか」

「……」

「よかったな」

そう思うのに、言葉に上手く気持ちを込められない自分が、本当に嫌になる。


「あいつ、いい奴だもんな」

「……うん」

「また“色々あるんですー”とか言って、別れるなよ?」

「うるさいな。もう平気ですー」

「……」

「ホントに、平気だから」

そう言って胡桃は少しだけ笑ったあと、真っ直ぐに俺を見上げた。


「まぁ、頑張れや」

もう少し。

もう少しで、全部終わりに出来るんだ。


ゆっくりと息を吐き出すのとほぼ同時に、カチカチという小さな音を立てて、天井の蛍光灯に光が灯った。


「電気……」

それを見上げる胡桃に、一瞬瞳を奪われた俺は、何かを誤魔化すように携帯を手に取りボタンを押していく。


「電車、動いてるっぽい」

「ホント?」

「今調べた」

手の上の携帯をパチンと閉じて、一度閉じた瞳を、ゆっくり開く。


「さて……“オベンキョウ”も終わったみたいだし、帰りますか?」

「……」

「ほら、着替えてさっさと帰るぞ」


もうすぐ、すべてが終わるんだ――……。


やっと胡桃の理解者が現れた。

そしたら俺だって、アイツから解放されるのに……。


「どっちが良かったんだか」


こんな日が来る事を、何よりも願っていたはずなのに、おかしいだろ。

今更、胡桃を手放したくないなんて。


「そもそも、俺のものなんかじゃなかったんだけどな」

車の中から見送る胡桃の背中に、笑いながら口にしたその言葉は、煙草の煙と一緒にゆらゆら揺れて、静かに消えていった。

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